||06
◇
「相沢志穂っつー先輩いますかー!!」
「……は、え、あ?」
その日の昼休み、のんびりと教室で友達と喋っていた私の耳に、ものすごく元気な声が届いた。教室の扉の方を見ると、なにやらワカメヘアーの男の子が肩で息をしている。直前まで走っていたのだろうか。しばしポカーン、とした私だったが、友達に「あんた呼ばれてない?」と言われ、慌てたように立ち上がった。
「あの……私、相沢ですけど」
「あっ、先輩がそうなんっすか!? 俺、2年の切原赤也っす!」
「切原……、あっ、よく遅刻してくる子!」
「げっ、なんでそんなん知ってるんすか!?」
無論、ジャッカルの愚痴である。切原くんの名前はわりと頻繁に登場していて、ジャッカルを悩ませる種のひとつであるようだった。聞いていたとおり、たしかにワカメみたいな髪型だな。……かわいいけど。
「へー……、先輩、可愛いっすね!」
「……え?」
「丸井先輩がゲドウとか言ってましたけど、全然そんな風に見えないっす!」
「よしあいつ後で殺す」
あの野郎、あることないこと言いやがって。外道はそっちだろう、常識的に考えて。なんなんだあいつ。後でなぐりに行こうかな。
「やっぱり、先輩可愛いっす!」
「いやいやそんなことは……っていうか、君も可愛いよ?」
「可愛いってなんすか! 俺男っすよ!」
「そうだね、ごめん。でも、可愛いよ」
「……ッス!」
微笑みかけると、切原くんはちょっと照れたようにはにかんだ。やばい、お姉さん胸キュン。天使がおる。
「あっ、それじゃあ、俺そろそろ戻ります」
「うん?」
「先輩、また来ますね!」
「うん。え、君なんのためにここまで……」
私の言葉を聞くよりも早く、切原くんは勢い込んで頭を下げた。それからまた、天使の微笑みを見せてあっという間に走り去ってしまう。呆然と瞬きする間に彼の姿は廊下の角へ消えてしまった。
もしかしなくても、私の声、聞こえてなかったよね。一体なんの為に私に会いに来たんだ。丸井さん繋がりであることは間違いなさそうだけど、どうして私のことが彼に伝わっていたのだろう。もしや私、陰口言われてたり?
「ま、いっか」
わからないことを考えても仕方がない。
くぁ、とひとつ欠伸を零して、友達のもとへと戻った。
[7/26]
[
prev/
next]