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世の乙女なら誰しも、「純愛」というものに憧れた経験はないだろうか。

愛しの彼の、憧れの芸能人の、自分を愛してくれる全ての人間の。まあ、相手はだれでも構わないが、しかし恐らく、その相手からの「純愛」を欲した覚えが誰にでもあるはずだ。イケメンであろうがブサイクであろうが、恋をした相手に愛を捧げ捧げられという関係は、たぶん乙女でなくとも憧れるものなのだろう。

「志穂」

名前を呼ばれた。私は顔をあげて「彼」を見つめ、そして微笑みを零す。
私が己の「純愛」を、ただひとり捧げてしまいたいと思った相手。私が選んだ、ただひとりの人。

「……うん。今行く」

名前を呼び返す。私は立ち上がって彼のもとへ駆け寄る。
私をただひとり選んでくれた彼のもとへ。

平凡で平穏で平和で。そんな日常の中で、私は確かに恋をした。





7月某日。今日もわりと平和な立海の、とある学年のとある教室でのことだ。

「ジャッカルー!」
「なん……」

ぷに。

振り返った黒卵の頬に、人差し指を突き刺して遊ぶ馬鹿がいた。

「……なんだよ」

黒卵、ではなく、ジャッカルがそれに顔を顰め、馬鹿、もとい私は小さく笑って、なんでもない、と返した。

「……また俺をからかいにきたのかよ?」
「うん……あれ、ばれちゃった?」
「おまえが俺のところに来る時は、大体そうだろ?」

彼が困ったように苦笑を漏らす。そう言われてみるとそうかもしれない、なんて人事のように呟くと、その笑みは尚更苦々しいものになった。
彼はジャッカル桑原。一言でいうならば、「善人」である。そして私は相沢志穂、一言でいうならば「馬鹿」だが、決して頭が悪いわけではない。
私は肩につかないくらいの長さの黒髪を手で跳ね除け、ジャッカルのつるつるの頭(なまじ色が黒いせいで後ろから見ると完全に黒卵である)を小突いた。ジャッカルの瞳を覗き込むように見つめ、にい、と笑ってみせる。平均身長ど真ん中な私は普段彼の頭部になど手は届かないが、彼が座っている今ならば、その頭に触れることなど容易いことであった。
私とジャッカルは1年生の時から同じクラスで、ほかの人よりはそこそこ仲が良い。常に一緒とか、そういうわけじゃないけれど、でも1日に1回は会話があるくらいには交流がある。その大抵はジャッカルをからかったり、彼の苦労話を聞いたり、ものすごく時々、私が愚痴を零したりと、そんな内容だけれど。

「くろた……ジャッカル、最近なにか面白いことあった?」
「面白いことはねぇけど……、それより、いま黒卵って言おうとしただろ」
「そんなことないよ。ちゃんとジャッカルって言おうとしたよ」
「……いや、志穂がそう言うなら良いけどさ」

ジャッカルは呆れたように笑って、それからお前は?と先程の質問を聞き返してきた。そう聞かれても、別に私の方だって面白いことなど何一つない。いつもどおり平凡で、いつもどおり幸せで、いつもどおり何もなくて……うん、そんな感じかな。

「志穂は悩みとかなさそうで良いな」
「失礼だなぁ。私だって悩みくらいあるよ、しょぼいだけで」
「しょぼいなら良いじゃねぇか」
「……まあ、苦労人ジャッカルに言われちゃうと何も言い返せないんだけどさ」

今度は私が苦笑を零す番だった。

ジャッカルの代名詞は「良い人」である。頼まれ事は断れないわ、自分とは関係のない他人のいざこざに助けを出してしまうわ、あげくの果てに部活のパートナーにはパシリにされるわと、本当にどうしようもないくらいの「良い人」である。1年生の時から見てきたからわかることだけれど、彼は貧乏くじを自ら進んで引きすぎているのだ。こんなに良い人をパシリに使う野郎がいるなんてほんとに信じられない。その当本人とは面識があるが、たしかにそういう外道的なことをやりそうな見た目をしていた。つまりチャラかった。……まぁ、かくいう私も一回だけパシったことがあるんだけども。

「丸井さんとはどう?まだパシられてるの?」
「あぁ……、あいつはもう諦めてる」
「うわぁ、ジャッカルにすら諦められてるって丸井さんやばいんじゃ」
「……それ、俺けなされてねぇか?」
「いや寧ろ褒めてるつもりだけど」
「なら良いけど……、ありがとう」

ジャッカルが微笑む。些細なことにもお礼が言えるってすごいよね。私だったら適当に流しちゃう。恥ずかしいし、いちいち言ってらんないし。うん、やっぱりジャッカルって良い人。超善人。

「……っと、そろそろ時間か。じゃ、俺は席に戻るぜ」
「うん。ばいばい黒卵……じゃなくてジャッカル!」
「今更言い直しても遅ぇよ、ったく」

ごめん、と笑ってみせると、ジャッカルも笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。ううむ、それで許しちゃうとか……やっぱりジャッカルは良い人だ。

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