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放課後の一仕事を終え、私は同じ委員の子と共に図書室を出た。
さすがに夏休み明けの初日はあまり利用者が多くなく、今日図書室に訪れたのは柳さんと数人の生徒のみだった。柳さんは少しの会話のあとすぐに去っていったし、他の利用者も長居するような様子はなかった。だから利用可能時間が終わる一時間も前には、図書室には私と委員の子の二人しか残っていなかった。

「それじゃ、また次の当番の時にね」
「うん、またねー!」

手を振って別れ、いそいそと帰路につく。別段この後に予定があるわけではないけれど、早く帰ってベッドに飛び込んでしまいたかった。おまけに、盛りを過ぎたとはいえど今はまだ夏。図書室は涼しくて良かったが、一歩廊下に出ればそこには現実の暑さがある。久しぶりの学校で少し怠い身体には少し、いやかなり辛い暑さだ。
つい丸まってしまいそうになる背を無理矢理伸ばして、私はひとり階段を下って行った。

「あっ、相沢先輩!」
「……切原くん?」

聞こえてきた声に顔を上げると、予想通り、階段を下りた先に切原くんが立っていた。テニスバッグらしきものを持っている辺り、部活が終わったところなのだろうか。そう思って尋ねると、今からまた走り込みにいくとの答えが返ってきた。部活自体は確かに終わっているのだが、切原くんはこの後も自主練をするつもりらしい。
全国大会も終わっただろうにどうして、と純粋な疑問が湧いて、しかし尋ねることはせずにただ微笑んだ。今朝あった全校朝会の表彰で初めて知った話だが、テニス部は全国大会で優勝できなかったんだそうだ。当然三年生はここで引退、部活は二年生で唯一レギュラーだった切原くんに引き継がれたと聞く。まだ卒業までは三年が事実上のトップであるものの、これからはたくさんの責任が彼に圧し掛かることだろう。

『全国大会も終わったのにどうして』

違う。彼にとっては、たぶんまだ終わっていない事なのだ。全国大会があってから夏休みが明けるまでの数日間、彼や他のテニス部の面々には大きな葛藤があって、悔しさとか、色々、あった筈なのだ。そしてそれは未だ、恐らく彼らの中で消化できていない。

(まあ、私の想像でしかないけど)

私は本をたくさん読んでいたせいで、こういうとき変に考えすぎてしまう癖がある。彼らには関係ない、彼らのテニスを知らない私の想像では、きっと現実を知ることはできないだろう。ただそれでも、切原くんが全国大会の終わった今もテニスに向き合い続けていることは事実だ。彼の努力が、報われる日がいつかきっと来る。

「先輩? どうしたんすか、考え込んで」
「へ? あいや、なんでもないよ」

それこそ、考えすぎだ。余計なお世話だし。
適当に誤魔化しつつ、私は纏わりついたモヤモヤを振り払うように笑った。切原くんも笑ってくれた。

「汗すごいね。大丈夫?」
「あっ、すいません! タオル、どっか落としたっぽくて」

困ったように切原くんが言い、臭かったらすんません!と言って私から一歩離れる。いや、別に臭くはないし汚いなんて思ってないけど。でも、そっか、そりゃ大変だ。これからまだ練習するのに、タオルがないのは辛いことだろう。

「これ、良ければ使って」

汗をかくかもしれないからと持って来ていたタオルを鞄から出し、切原くんに差しだす。学校に来ても極力動こうとしない私にはいらぬ心配だったので、タオルは一切使われていない。心底驚いたような顔をする切原くんに「ちゃんと使ってないよ」と笑って、その手にぐいとタオルを押し付けた。いや、でも、なんて切原くんがさっきより困ったような顔をつくる。

「いつか返してくれれば良いから」
「あ、せんぱ……」

ひらひらと手を振って、遠慮されない内にその場を立ち去った。角を曲がる直前、後ろから聞こえてきた大きな「ありがとうございます」の声に小さく笑って、ひとり帰路についた。
どうか良い練習ができますように。

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