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夏休みが終わってしまった。
いつの間にかお盆が過ぎて、気が付いたらもう学校だった。慌てて片付けた丸ばっかりの宿題をがっさがっさと鞄の中で揺らす。憂鬱にため息をついて顔をあげると、久しぶりに見る校舎が近くに迫っていた。行きたくないなぁ、なんて思ってしまうのは私が平凡な学生だからか。

「おや、相沢さん。おはようございます」
「あ、柳生くん。おはよーございます!」
「少し止まっていただけますか? 制服のチェックを行わなくてはいけないので……はい、大丈夫みたいですね。どうぞ」
「あはは、ありがとうございます」

風紀委員である柳生くんは、こんな憂鬱な日ですら早起きして委員会の業務に精を出さねばならないらしい。優しい彼の表情はいつぞやに助けてもらった時と同じく紳士だ。しかし礼を言って去ろうとしても彼の目が私から離れないので、私は不思議に思ってそれを見つめ返してみた。

「あ……すみません。久しぶりにお見かけしたのが嬉しかったもので、つい」
「え、あ、はい、いえ……」

甘くもとれる言葉に少し驚いて、ようやくの思いで彼のそばを通り過ぎた。良い人だなあと思うだけに、ああいうことを言われると緊張してしまう。
校門を抜けて玄関にたどり着くと、今度は真田くんを筆頭とした数人が制服チェックをしているのを見つけた。どうやら、校門をぬけてすぐに制服を崩してしまう人を叱るための、二重チェックになっているらしい。
あいにく私は規則をきっちりと守る方の人間で、風紀委員やらに怒られるくらいなら普通に着ていた方が数倍良い……というタイプだった。だからいつもスカートは膝下、ボタンはきちんと留め、ネクタイも上までしっかりと締めている。どうだ、完璧だろうと言わんばかりの大きな態度で玄関を進んでいくと、途中で真田君と目が合った。ちょっとだけ怖くなって足を止める。でも、彼が何も言わずに次の人のチェックに入ったのを見てほっと胸をなでおろした。さすが真田君、彼ぐらいになると一瞬で規則を守っているかのチェックができるに違いない。
ちらりと振り返ると、暑さのためか少しだけ赤くなっている彼の頬が目に入った。大変なんだろう。

「おっ、ジャッカルじゃーん!」
「志穂」

教室に入ると久しぶりに見る黒卵肌が目に入り、私は笑顔でそれをぺちりとはたいた。いてぇよ、と笑う彼の顔は相も変わらず優しいものである。いいやつだ。

「久しぶりー。日焼けした?」
「……志穂、おまえ馬鹿にしてるだろ」
「あはは、冗談だって!」

けらけら笑ってやると呆れたように額をでこぴんされた。なんだよもう、痛いぞ!

「あ。そういえば今日日直だ」
「そうなのか? なら職員室行こうぜ、俺も呼ばれてるんだ」
「えっなになに、なんかしたの?」
「なんもしてねぇよ!」
「なーんだ、残念」

恐らく彼のことだ、また何か先生に頼まれごとでもしてしまったんだろう。苦労の多い人だよなぁ、と彼にばれないように小さくため息をついて立ち上がった。
ある程度涼しかった教室とは違って、風のない廊下は蒸し暑くて仕方ない。ジャッカルは手うちわで暑そうに顔をあおぎ、汗を肌に滑らせている。私も同じように手で自分をあおいでみたものの、特に涼しくもなく、手が疲れただけで終わってしまった。ぶーたれる私に、ジャッカルは「下手くそだな」と笑った。

「しかし暑いねー、授業受けたくないよ」
「おまえは年中受けたくないって言ってるじゃねえか」
「そうだけど、夏は特別嫌だよ」

寒いなら着ればいい、めんどくさいなら寝ればいい。でも暑いとき、対策に私ができるのは腕をまくって下敷きで自分をあおぐだけだ。男子はわりと好きに脱いでいられるけど、女子はそうもいかない。下手に薄着をすれば制服の下が透けて見えてしまうし、とにかく大変なのだ。ため息をつくと、隣からは苦笑が向けられた。
ジャッカルに下手くそと言われた手うちわであおぎながら、私は何とはなしに後ろを振り返った。すると長く伸びた廊下の真ん中、ギリギリ相手の顔が認識できるぐらいの距離に誰かが立っているのを見つける。綺麗な顔立ちをしたその人は、大きく目を見開いて固まってしまっている。
何かあるのかな?と後ろを見てみたものの、何もない。やはりその人は私をじっと見つめている。一体何がどうしたというんだろう。

「志穂、どうし……ああ」

ジャッカルが私の視線の先を追い掛けて、あの綺麗な男の人を見て眉を寄せた。知ってる人?と聞くと歯切れ悪くちょっとな、と返ってくる。ふぅん、とうなずいてもう一度さっきの方向を見てみたけれど、男の人はもういなくなっていた。





久しぶりに学校に来て、一番面倒だったのが女子の相手だった。こんなことを言うと悪いが、あまり群がられてもこちらとしては対処に困るし正直迷惑でしかない。ちょっと用事あるから、と愛想笑いでそこを抜け出して、廊下に出るとちょうど柳と鉢合わせた。大変そうだな、と笑う顔に少し腹が立つ。

「ん……、本でも返しに行くのかい?」
「これか? 貸したい相手がいてな。幸村も相沢のことは皆に聞かされているだろう?」
「……ああ、その人」

聞かされているも何も。
夏祭りの日、病院で少し彼女のことを聞かされて以来、いろんな人からひっきりなしに彼女の話を聞かされている。この前会って、とかこういう奴で、とか。興味もないし、興味も沸かないし。そんな相手の話をあまりにたくさんされるものだから、直接会ってもいないのに彼女についてのことはあらかた覚えてしまっている。正直うんざりだった。

「柳くん、ちょっと」
「……ふむ」

顰め面をして歩いていく途中、見知らぬ女の子が柳に声をかけた。どうやら彼も、俺と同じ目に遭っているらしい。さっき笑われたことを思い出してざまぁみろとばかりに微笑みかけると、柳は心底嫌そうな顔をしてため息をついた。
俺は彼らのわきをすり抜け、一人で懐かしい廊下を歩いていった。教室には戻りたくないし、授業まではウロウロしているのも悪くないかもしれない。そうやって歩いていたら、廊下の先に見覚えのある黒卵頭を見つけた。すぐに誰か察して、近付こうとしたところでその隣に誰かいるのを見つける。見たことのない女子生徒だ。後姿だからわからないけれど、もしかしてジャッカルまで俺や柳と同じ目に……

「っ、」

突然その女子生徒が振り返り、じっと見ていたせいで目が合ってしまった。遠く離れたところにいるのに、その表情が大きく目に焼き付いて離れなくなる。白い肌に、可愛らしく整えられた顔立ち。思わず固まってしまって吸い込まれるように彼女だけを見つめた。時間が止まったのかと思う程、長い時間が流れていく。

「や、ば」

一目ぼれだ。
まさか俺が、なんて信じられないような気持ちに襲われつつも慌てて彼女から目を離して、急いでその場を離れた。ドキドキと高鳴った胸が、うるさいくらいに脳裏を支配していた。

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