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緊張と筋肉の弛緩で震える腕を伸ばし、ゆっくりと一歩を踏み出す。もう一歩、もう一歩と踏み出して今度は後ろを向き、またたった数歩を時間をかけて進んでいく。そうして最後の一歩を踏み終えてからようやく、ふぅぅ、と針のように尖った息を吐き出した。
ひとつひとつの挙動に意味と成長と、酷い焦りを感じる。もうだいぶ動けるようになったとは言え、未だまともにテニスをできるような状態ではない。支えにのせられた手は汗ばんで滑り、重力に従ってずるりと落ちていった。
早くテニスをしたい。早くあの場所に戻りたい。早くラケットを振るいたい。
焦りは衝動になって体を突き動かし、力のない腕に感覚を与えた。
今だって、昼はずっとテニスの練習をしている。けれど間近に控える全国大会のことを思えば、夜間だって練習を続ける必要がある。形だけコートに戻ったって俺は役立たずの人形だ。1年間のブランクは軽くない。残された時間は決して多くない。でも、コートで待つ仲間の為にもやらなければならないのだ。

「――幸村。今日はもうその辺にしておいた方が良い」

声をかけられ見上げると、見慣れた面子がそこに集まっていた。集中していて気が付かなかったが、かなり前からこちらを見守ってくれていたようだった。差し出されたタオルを受け取り、どうしてここに?と小さく尋ねると、自然に集まったとの答えが返ってきた。思わず笑ってしまう。彼らだって自分のことで手いっぱいな筈で、人に――ましてや苦労をかけてばかりの俺のことなんて、気にかける余裕もないだろうに。誰かが声をかけてとかでなく、自然と、という言葉に表情を綻ばせた。タオルの下に隠しはしたけれど、真田や柳は気が付いていたかもしれない。

「皆、ありがとう。……そういえば、丸井たちがいないようだけど」
「ああ、あいつらは――」
「ぶちょー!」

ジャッカルの言葉を遮るようにして、廊下の方から元気な声が聞こえてきた。ここは病院ぜよ、と後ろの男にたしなめられるようにしながら、三人揃って仲良く歩いてくるのが見える。手には祭り特有の様々なものが握られていて、その内のひと袋を「お土産っす!」と差し出された。

「そうか、今日は祭りか。道理で外がうるさいと思ったよ」
「ええー、花火キレーっすよ! ……あっ、そういえば!」
「どうかしたのかい?」
「花火会場の近くで相沢先輩に会ったっす!」
「相沢?」

聞き覚えのない名前に眉を寄せる。誰だいそれ、と尋ねかけて、他の面子の表情に気が付いて止めた。驚いたり、懐かしむようにしたり、微笑んだり。それぞれの反応を見せてはいるが、どうやら全員の知り合いではあるようだ。俺のいない間に何かあったのだろうか。
俺のいぶかしむような表情に気がついたのか、ジャッカルが頭をかきながら口を開いた。

「あーっと……俺のクラスメイトなんだ。色々あってみんな知ってる」
「ふぅん」

よほど大事な知り合いなのかと思ったが、ジャッカルからの説明はたったそれだけだった。どちらにせよ俺には関係なさそうだし、興味もないな、と思った。

「それより、皆もう遅いよ。帰って休んだ方が良い」
「そうだな。――じゃあ幸村、また来る」

仲間の笑みに俺も微笑み返して、ぐ、と拳に力を込めた。
彼らの背中に、誇れる男にならなければ。

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