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とうとう夏休みも半分を過ぎる頃、市で大きな花火大会があった。お盆に入る直前の時期だけに、これに合わせて帰省してくる人もかなり多い。だから駅周辺や花火会場はたくさんの人たちで賑わっていて、その荒波にもまれながら私は親友と屋台めぐりを楽しんでいた。

「百合、歩くの早くない?」
「そう? あんたが遅いだけじゃない?」
「ひどいよー、ただでさえ人が多いのに、そんなに早く歩かれたらはぐ……ちょ、早い早いほんとにはぐれるからやめて」
「遅れずに私についてきな!」
「キャラ変わってるから!」

ちょくちょく人にぶつかりながら人混みを進む私と違い、百合は人にぶつかることもなくすいすいと先に進んでいく。お祭りテンションでいつもより楽しそうなのは良いが、はぐれたらそれどころじゃなくなるんだから少しは落ち着いてほしい。それにこの人だかりで、背の低い私たちには屋台の様子がまるで見えていない。匂いである程度はわかるものの、お目当ての屋台を探すのはかなり難しい状態だった。

「百合は明日もあるからいーけどさー、私は今日しか行く相手いないんだからもっと満喫したいよー」
「あ……そうだったね、ごめん」
「やめて、謝られると悲しくなる」

花火大会は今日と明日の二日間に渡って行われる。屋台を楽しむなら一日目、花火を楽しむなら二日目と言われており、百合は二日目をどうやら彼氏と過ごすつもりなんだそうだった。百合に彼氏がいなかったときは二日とも一緒に行ってたのになぁ。そう思うと少し寂しいような気がした。
とりあえずはぐれないように手を繋ぐことにして、一旦人混みの外まで抜けていった。それから買いたいものを確認し合って、それらを探すためにもう一度人混みに紛れていった。お互い私服で来ているから、移動や荷物に関してはさほど不便せずに済みそうだ。さっさと食べ物を買って、適当なところで花火を眺めたい。二日目ほどとは言えないけど、今日の花火だって十分綺麗なものだ。

「おー、たこ焼きあったよ!」
「あ、私の分も買ってきて。飲み物確保してくるから」
「おっけー。買ったらそこのお面屋さんの前で集合ね!」

手を離し、大人気のたこ焼き屋に並ぶ。どこが最後尾なのかいまいちわからない列に並んで、お財布の中から必要な分だけお金を出した。早く買って早く集合しないと、はぐれてしまう危険性が高くなってしまう。

「すんません、ここたこ焼きの最後尾で……あっ、あれ?」
「あ……、切原くん」
「やっぱり相沢先輩っすよね! お久しぶりっす!」
「うん、久しぶり」

振り返ると、部活が終わってそのまま来ました、みたいな恰好の切原くんがいた。どうやら仁王さんや丸井さんなんかと一緒に来ているらしい。俺はたこ焼き担当っす!と元気よく答えた彼の顔は、ほんの少しだけ疲れているように見えた。部活?と尋ねると明るい声が返ってくる。よく見ると彼の顔や腕にはいくつもの傷があって、厳しい練習を重ねていることが聞かずともわかった。もうすぐ全国大会だと聞くし、その練習で毎日必死なのだろう。

「フクブチョーには身体を休ませろって言われたんすけど、祭りなのに家にいるとか勿体ないじゃないっすか。丸井先輩とタッグ組んで、仁王先輩引きずって屋台巡りしてるんです!」
「ふふ、楽しそうだね。大会頑張ってね」
「……っす!」

切原くんが照れたように笑う。私にテニスのことはよくわからないけれど、こんなにも明るく笑う彼が悲しい顔をするのは見たくない。他人事みたいに、頑張ってね、なんて簡単な言葉しかかけられない自分が少し悲しかった。切原くんはただまっすぐに列の先をみて、そのキラキラとした明かりを目に反射させていた。

「あ。切原くん、それアイス?」
「そーっすよ! 先輩も食べます?」

彼が手に持っていた水色の塊を指すと、切原くんは笑顔でうなずいた。後輩にものを恵んでもらうなんて、と一瞬思ったが、あまりの蒸し暑さに負けて大きくうなずいた。差し出された棒を受け取り、アイスキャンディーを一口、控えめに口に含もうとする。

「……っ」
「えっ」

しかし食べる直前、切原くんにアイスを取り上げられた。完全に食べる気満々だった私は拍子抜けし、ぽかんと彼の方を見つめる。しかしすぐに苦笑いを浮かべ、嫌だったよね、と申し訳なさそうに呟いた。そりゃそうだ、私なんかに食べられたい訳がない。

「や、ちがっ……そうじゃなくて」
「じゃなくて?」
「間接キス、は、だめっす……」

しゅうう、と顔を赤くして俯いたこの可愛い後輩を、私はなんと言ってフォローしてやれば良かったんだろう。

あまりの可愛さと可笑しさに堪え切れず、気が付いたときには笑いが止まらなくなっていた。恥ずかしそうにうーあーと謎の悲鳴を発する彼のワカメ頭をぽんぽんと叩き、笑いながら彼の顔を見た。完全にむくれたその顔が可愛くてまた笑い、先輩!と怒るように言われてようやく笑いをおさめる。だって、だってそんな顔されたら。

「あはは、ごめんって……あ、ほらたこ焼き。おごったげるから」

丁度自分まで順番が回ってきたのを利用して、たこ焼きを3パック注文する。その内の一つを彼に渡すと、切原くんは複雑そうな顔をした。でもしっかりお礼は言ってくれたから、本当、よくできた後輩だ。
じゃあ待ち合わせがあるから、とその場を後にすると、切原くんは後ろから大きく手を振ってくれた。それに小さく振り返す。

「おかえり。並ばせちゃってごめんね」

お面屋まで行くと、ジュースにお菓子、お面まで買い終えた百合が私の分を手渡してくれた。それにううん、と答えて小さく笑った。脳裏には、先ほどの彼の赤い顔がチラついていた。

「じゃー、花火行こっか!」

歩き出した私たちの頭上に、どん、と大きく、赤い花が咲いた。

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