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家に到着してからすぐ、買ってきたばかりのアイスを冷凍庫に突っ込み、ソファの上にどてっと体を投げ出した。扇風機のスイッチを足の指で無理やり押して、かき回される温い空気に顔をしかめる。外とは違うタイプの暑さと気持ち悪さだ。むしろ直射日光でじりじり焼かれる方がマシなんじゃないかと思えるほど、室内の空気はもわもわとして不快だった。
本当はすぐにでもアイスを食べたかったのだけれど、ただでさえ溶けかけのアイスをこんなところで食べたら大惨事は目に見えている。仕方なしに体を起こして、自分の部屋から読みかけの本を取って戻ってきた。先日図書館で柳さんに会った時に借りた本と同じ作者のものだ。件の本がなかなか面白かったので、こうして新しく書店で購入してきた次第である。時間のある時に読み進めているが、さすが彼のお薦めとあってなかなかに読み応えがある。
しばらく読みふけっている内、室内はだんだんと涼しくなり始めた。一度本を読むのをやめて、窓を開けて少し換気してみる。外の風は生温かくて気持ち良いとはいえないが、そのおかげで室内の温度が少し下がったような気がした。
本を一旦テーブルの上に置いて、今いるリビングから台所の方へ移動する。特に仕切りもなく、リビングからそのまま間続きになっている場所なだけに暑さは感じない。扇風機の首がこちら側を向くたびに気持ち良い風が送られてくる。

「ええと、卵は……あ、賞味期限ギリギリだ。使っていいよね」

冷蔵庫を開けたり、棚を開けたりして必要な材料を確認する。あまり良いものは作れなさそうだけど、どうせ自分が食べる分だからいいや。

「よし……今回は上手くいきますように!」

祈るようにして、私はお昼ご飯の準備を始めた。





「うーん……やっぱりちょっと微妙」

作り終え、一口食べてみての感想がそれだった。お菓子を作るのは得意なんだけれど、その他普通の料理を作ろうとするとどうしてもうまくいかない。不味くはないし、美味しいとは思うけれど、なんだかいつも物足りない。味付けが下手くそなんだろうか。よくわからないけど。
軽くご飯を食べてごちそうさま、と誰もいないリビングに言うと、ほんの少し寂しいような気になった。夕飯頃になればお母さんたちが帰って来てご飯を用意してくれるけれど、それがありがたいことだというのをしみじみ実感させられる。ご飯はやっぱり、お母さんの料理の方がおいしい。

「まっ、お菓子は私の方が上手いけどね!」

生意気なことを言いつつ、ついでに作ったムースを食べようと冷蔵庫から取り出した。先に準備をしたおかげか、ちゃんと綺麗に固まってくれていた。一人分で良いのについ楽しくて作りすぎてしまったけれど、これはまあ、ジャッカルにあげるつもりだ。あげる相手と言ったらそれくらいしかいないし、先ほどその旨を連絡したからその内食べに来てくれるはずだった。

「いただきまー……」

ドンッ。
口に含む直前、窓に何かぶつかる音が聞こえて慌ててそちらを見た。虫か何かぶつかったのだろうか、でもこんな大きな音が鳴るなんてただ事じゃ……。

「え」

外を見て、数秒沈黙。そこに困り顔のジャッカルがいるのはよしとしても、その隣。何故丸井さんが目を輝かせながら窓に張り付いているのか。
立ち上がって近寄り、丸井さんが引っ付いているのもお構いなしに窓を開けた。

「……なにしてるの」
「めっちゃうまそーじゃねえかよぃ!!」
「悪い志穂、来る途中で見つかって……止められなかった」
「ジャアァァァッカルゥゥゥ!!! この阿呆! 馬鹿!!」
「なあ、俺にもくれよぃ、いーだろ、わざわざ暑い中来てやったんだからさぁ」
「外道さんは呼んだ覚えないよ!!」

ああもう、こんなことなら私が直接ジャッカルの家に行けば良かった……。しかし後悔してももう遅く、いつの間にか丸井さんは玄関側まで移動して「おじゃましまーす」なんて実に無遠慮な声をあげている。なんとしてでも阻止しなければ、と玄関に走ったが彼はすでに床に足をつけていた。
それでも止めようと通せんぼをする私を簡単にいなし、彼はリビングに歩いていった。おおー!なんて完成のあと、いただきます!なんて本当に腹立たしいほど爽やかで不届きな声が。

「ちょっ、待って、だめ!! 食べな……あっ」
「……! うめーー!」
「あ、ああ……っ」
「志穂すまん……」

後から入ってきたジャッカルが、申し訳なさそうに誤ってくる。怒ってやろうか、とも思ったけれど彼に罪はない。全てはあのブタ……外道さんが悪いのだ。

「よくもやってくれたね……」

ゆら、と俯きながら丸井さんの方に歩き出した私を、ジャッカルが驚いたように見つめてくる。さあどう料理してくれようか、と私が怒りの第一声を丸井さんに放とうとした瞬間、

「うっめぇー!!」
「へっ」

飛び込んできたのは、彼の幸せそうな笑顔だった。
大して手間をかけたつもりもない、しかも私が作ったようなお菓子を美味しそうに頬張っている。嘘などない、本当に嬉しそうな表情で丸井さんは何度も「うまい」とムースを口に運んだ。

「……あのさぁ、」
「相沢ってほんとにお菓子作るのうめーんだな! ごちそうさま!」
「……はぁ」
「良いのか、志穂?」
「あんなに美味しそうに食べられたら、怒る気も失せるよ……」

ため息をついて肩を落とす。そんな私に、ジャッカルが「都合良いこと言うけど」と後ろから声をかけてきた。

「志穂のお菓子、本当に美味いぜ。おまえが嫌がるのわかっててアイツをちゃんと撒けなかったのは俺だから、後付けみたいで悪いけどな」
「くろた、ジャッカル……ありがとう」
「ったく、この期に及んで黒卵かよ」

呆れたようにジャッカルが私を小突き、私はごめんと言って小さく笑った。でも本当は言い間違えたわけじゃなくて、うまくお礼を言えなかっただけだ。それだけ二人が褒めてくれたことが嬉しくて、くすぐったいような気持ちになった。誤魔化さないと、お礼をちゃんと伝えられないような気がした。

「……あ、てか丸井さん食べ過ぎ! それジャッカルの分だよ!」
「マジかよ……」
「うめー!」

慌てて自分の分の確保に走るジャッカルを見て、少しだけ笑みを零した。
たまにはジャッカル以外でも、友達のためにお菓子を作るのも良いのかもしれない。
そんな風に思えた。

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