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それから数日が過ぎた。8月に入り暑さは盛り、太陽の調子も順調そのものである。そんなに一生懸命照らしてくれなくたって良いのに、眩しい日差しはどうやったって眩しいままでいる。室内で扇風機を回しても掻き回されるのは温くて重たい空気ばかりで、涼しい気は一向にしない。
相変わらず暇を持て余している私は、その蒸し暑さの中で気怠さと格闘していた。やることは何もないし、そもそも動こうという気にもならない。自堕落的な生活は良くないと頭ではわかっていたが、でもこれだけの長期休暇だ。一日くらいそんな日があったって、と毎日そんな調子である。まったく、情けない。

「暑い……アイス食べたい……」

しかし悲しいかな、買っておいたはずのアイスは昨晩仕事帰りの父に食べられてしまった。在庫はとっくに尽きているわけである。食べたければどこかに買いに行かなくてはならない。そして買いに行くとなると、どうしてもあの忌々しい太陽の下を歩かなくてはいけない、それは嫌だ。

「……うーむ」

ごろごろと転がりながら悩んだ末に、私はむくりと体を起こした。この前遊んだ時の状態で、整理もしていないお気に入りの鞄を掴んで立ち上がった。それから窓の外を見て、目がくらむほどの眩しさに「やっぱりやめた方が良いかな」と少しだけ考える。いや、行くと決めたんだ。ここで動かなければ本当に私は堕落してしまう。

「いざ、アイスを買いに!」

よし、と気合を入れて部屋を出た。途端に襲い来るむおっとした空気にさっそく帰りたくなった。






「暑いぃ溶けるぅぅぅ」

無事スーパーまでたどり着いてアイスを購入したは良いものの、帰りは地獄だった。
スーパーの室温は自室よりも断然涼しい。それに歓喜したのは買い物が終わるまでの間のことで、買い物を終えて外を見た瞬間、鼻歌が悲鳴に変わった。スーパーが涼しかった分、外との温度差を思って出たくなくなったのである。
しかし出ないわけにも行かず、散々スーパー内を行ったり来たりした後にようやく外に出た。
おっなんだ意外といけるじゃん、と蒸した空気をあおぎながら歩けたのは最初の10歩だけ。体表に宿らせたスーパーの冷気は早々に逃げていってしまった。
そうして先ほどの台詞へとつながるわけである。溶ける、とは言っても袋にドライアイスを入れてもらっているから、アイスの方はまず大丈夫だろう。問題は自分である。太陽からの熱烈アタックに、今にも撃ち抜かれそうだ。

「……ちょっと、そこのお姉さん」
「はい?」

声をかけられた気がして振り返ると、すぐ近くにガラの悪そうな男の人が立っていた。髪は痛みまくってはいるが綺麗な色のパツ金だった。パツ金って言い方は死語なのかな。死語な気がする。最近聞かないもの。

「お姉さん、今ひま? なにしてんの?」
「えっ? いや……」
「デートとかじゃないよね。彼氏いんの?」
「は、」

ええと。これは一体どういう状況なのか。

(ナンパ、ってやつ?)

もしかしたらもっと別の何かかもしれないが、今の状況をこれ以上に的確に表現できる言葉を私は知らない。たぶんナンパだ。よもや私が生きている内にこれを経験をすることになるとは。私は一周回って感動してしまって、目の前の男をしげしげと眺めた。最初から穴目当てのナンパならまだしも、いやそれでも、私がナンパされることなどきっと一生ないだろうと思っていたのに。一体どういう風の吹き回しだ。槍でも降るんだろうか。

目の前でニコニコしている男は、こちらから見る限りはまるで悪意のなさそうな顔をして私を見ていた。もしかしたら良い人なのかもしれない。ガラは悪いけど。

「お姉さん、聞いてる?」
「あっはい聞いてます聞いてます……あの、「なにしとんじゃ」あ」

パツ金さんの後ろからにゅっと現れた銀髪(この場合はパツ銀なんだろうか)が、パツ金さんの肩をがしりと掴んで薙ぐようにふった。パツ金さんはよろめいた後、ギッと銀髪を睨みつける。なにすんだよ、という声は低い。おっとこれは険悪ムードという奴だろうか。
一触即発の危機かとハラハラしながら見守っていると、パツ金さんは舌打ちして逃げるように去っていった。喧嘩になるのは面倒だったらしい。大事にならなくて本当に良かった。

「お前さん、大丈夫かの」
「あっ、はい。ありがとございます……仁王さん」

にこりと微笑むと、仁王さんは気にせんでええと言ってひらひら手を横にふった。彼が通り掛かってくれたから良かったものの、もし彼が間に入らなければ面倒なことになっていただろう。危なかった。
特に会話もないままに立ち尽くしていると、仁王さんが口を開いた。少しだけ照れくさそうに今日は可愛いかっこしてるんじゃの、と言う顔は暑さのせいか僅かに赤い。

「え……あははっ、ありがとうございます!」
「なに笑っとんじゃ」
「いや、仁王さんも照れるんだなって」

可笑しくて笑っていると、仁王さんはバツの悪そうな顔をした。別に悪い事じゃないんだから良いだろうに。まだ笑いを後引かせている私を尻目に、仁王さんは早々に身を翻してその場を立ち去ってしまった。今度は気を付けんしゃい、という優しい言葉を後に残すことを忘れずに。

見た目だけで見れば仁王さんもさっきのパツ金さんと同じくらい柄が悪いと思うけれど、でもそれがハンデにならないくらい彼は澄んだ心の持ち主だ。彼がモテるのもわかる気がするなあと背中を見送りながらぼやくようにそんなことを思った。

「そろそろ帰るか」

暑さは最高潮、立ち尽くしているのも限界だ。早く帰らなければアイスが溶けてしまう。それだけは絶対に阻止しなければならない。ここまで来たのが無駄足になってしまう。

「あっついなあ」

歩みは遅い。太陽は高い。
そう長くはない夏休みのワンシーンが、暑さに彩られて溶けていった。

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