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「百合ー!!」

公園に見えた人影に向かって叫ぶと、振り返って、少しだけ笑ってくれた。百合は久しぶり、遅いよ、と言って私の頬を潰すように両手で挟み込み、私の変な顔を見て笑った。
切れ長な瞳が差し込んできた光に細められる。最近切ったらしいセミロングの髪は、青色のシュシュでお団子にまとめられていた。彼女こそが、親友の百合である。

「誘ってくれてありがとう、超暇だったから助かったよ!」
「だと思った。さ、行こう。駅で良いよね?」
「うん! 行こう行こう!」

久しぶりに会えたことが嬉しくて、つい緩んだ口元をそのままに、二人並んで歩き出した。話すのは色々なこと。何してたとか、宿題終わった?とか、恋愛のこととか。

「最近どうなの、ジャッカル君は」
「ジャッカル? あ、そういえばさっき会ったよ。相変わらず黒かったなー」
「ふぅん。それだけ?」
「え? うん」

キョトンとした顔の私に百合はため息をついて、鼻で笑った。苦労の多いこと、というつぶやきも聞こえた気がした。それが何のことかはわからなかったが、特に気にすることもしなかった。百合は頭が良いから、私にわからないことを考えていたとしても仕方がない……と、この3年間で身にしみついてしまっていたからである。

「百合はどうなの? 彼氏さん」
「あぁ、うん。……ぼちぼち、かな」

そう言った百合の表情は優しげだった。きっと上手くいっているんだろう。
友達の幸せはうれしい。私はそっか、と上機嫌に返して、空を見上げた。白い太陽が、こちらを祝福するように輝いていた。





「たっのしかったー!」

買い物を終え、駅から出るなり大きな声で言った。百合は大声出さないの、とたしなめるようにしながらも、楽しかったね、と言って笑っていた。タピオカドリンクの空をゴミ箱に投げ捨て、買ったばかりのものを振り回しながら帰り道を歩いた。百合が呆れたようにこちらを見ていた。

「ウィンドウショッピングだけのつもりだったのに、結局買っちゃった」
「いーじゃん、それ可愛いし! デートに着たら?」
「そうね。ちょうど明日誘われてるし」
「えっ、そうなの? なんか良いなぁ。私も彼氏ほしいかも」
「志穂はまず好きな人を見つけなさい。……自ずとできるとは思うけどね」

そう言った百合の顔は、ひどく大人びて見えた。いや、実際大人びているのだが、その時の横顔は一層だった。私は少し考え込むように下を向いて、彼女の姿を自分へ重ねてみる。同い年なのに、なんだか自分だけ置いて行かれてしまっているような気がした。そんなの考えたって仕方のないことだから、あまり気にしないようにはしているけれど。
少しだけ凪いでしまったテンションを上げようと前を向く。すると送った視線の先に、図書館を見つけた。夏休みに入って外出が減ったこともあり、最近はあまり行っていない気がする。そう思うと急にあの空気が吸いたくなって、自然と足が止まった。
百合は振り返って首を傾げたあと、私の視線の先を追って、あぁ、と納得したようにうなずいた。

「行くの? 私はご飯があるから帰らなくちゃだけど」
「あ、うん、ごめん。行っても良い?」
「良いよ。それならここで解散にしようか。今日はありがとう」
「うん、ありがとう! またね!」

互いに手を振り合って、別れを告げた。

(なんか久しぶり)

入るなり私を迎える涼しい空気と、そこに流れる本の匂い。いつ来ても変わらない静けさが好きだった。
慣れた足取りで奥へと進んで、数冊適当に選び取ると、いつも座る席に腰かけた。辺りに人は少ないし、集中して読めそうだ。
ぱら、と、1ページ目をめくった。

「……お隣、よろしいですか?」

本の世界へ身を投じようとしたまさにその時、かかってきた声に顔を上げた。それから、驚く。誰もが人と離れた席を選ぶ中で、イレギュラーにも声をかけてきた彼は、薄く微笑んで私の隣に座った。静かに、久しぶりだな、とも。

「柳さんか……びっくりした」
「邪魔したか?」
「あはは、大丈夫だよ」

彼の浮かべる微笑みは優しくて、つい、自分もつられるように笑った。

「昨日大会だったんでしょう? お疲れ」
「なんだ、知っていたのか」

柳さんは笑んで、僅かな間、す、と視線をそらした。細められた瞳からは彼の思慕はわからない。けれどあまり良い表情はしていないように見える。ジャッカルも言っていたけれど、やはり悪い結果だったんだろうか。気になる気持ちもあったが、わざわざ尋ねるのは失礼な気がして、ぐっと押し殺した。

「ところで、その本はこれから読むのか?」

柳さんは私の前に置かれた本を指して、僅かに首を傾げた。その本を指でなぞるようにしながら「面白そうだったから」と答えると、そうか、という短い返答があった。それに続けて、確かに面白かった、という言葉も。

「読んだことあるの?」
「その作者が好きなんだ」
「へぇ……他にどんな本を書いてるの?」
「そうだな、例えば……」

あげられていくタイトルに記憶を馳せる。有名なタイトルもあれば、聞いたことのないようなものまで、いろいろだった。読んだことがあるかもしれない、と告げると、柳さんは少し嬉しそうに笑った。

「売れてる作品も多いが、あまり有名な作家ではないからな。知っている人に会えた試しがない」
「じゃあ私は貴重かな?」
「そうなるな」
「あはは、なんか嬉しいな」

その時ふと、柳さんが窓の外を見た。赤い陽が彼の白い肌を照らしている。以前図書室でも思ったことだけれど、彼は本当に絵になる。思わずぼうっとそれを見つめてしまってから、目が合って慌てて逸らした。あんまりじっと見つめるのは失礼なのに、つい逸らせなくなっていた自分がいた。

「邪魔をして悪かった。このあともまだ読むか?」
「ううん、もう遅いみたいだから帰るよ。もともと突発的に寄り道しただけだし」

慎重に椅子を引いて立つと、座ったままの柳さんに軽く手を振ってその場を離れた。途中になってしまった本以外は元の棚に戻して、その一冊だけをカウンターに持って行った。それほど強い興味があったわけではないけど、柳さんがお薦めだと言うならきっと面白いんだろう。借りてみる価値はある。
柳さんは玄関のところに立っていた。てっきりもう帰ったものだと思っていたが、私のことを待っていてくれたらしい。私の抱えた本を見るなり緩く笑みをつくって、一緒に図書館を出た。
まだ空は茜色をしているものの、道には影が差し、早くも街灯がつき始めている。あまり時間を意識していなかったけれど、これは急いで帰らないと叱られてしまうかもしれない。

「帰りは歩きか?」
「そうだけど……」
「それなら送る。もう暗くなるし、一人で帰らせるわけにはな」
「えっ、でも、悪いよ」
「迷惑なら無理強いはしないが……」

そういって、柳さんはまっすぐに私を見た。なんだか見透かされているような気がして、逃げるように目線をそらした。少し、顔が赤くなっている気がした。彼がわずかに微笑む。

「帰るか」
「……うん」

観念して、私たちは並んで歩き出した。
落ちていく夕日に目を細め、静かにそれを見送る。時々感じる隣からの視線に、どうしても緊張せずにはいられない。やっとのことで彼の方を見て、誤魔化すようにどうしたの、と笑いかける。でも、彼はなんでもないと小さく笑うだけで、視線の真意を話してはくれなかった。

「綺麗な夕日だねー」
「ああ」

呟いて、ゆっくりと歩いた。良い日だと思った。

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2015/3/6 修正
2016/1/26 修正

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