||必需人


卒業、というものを終えてまず思ったことは、あぁやっとか、というなんとも言えぬ達成感のような虚無感のような、そんな感情だった。まわりの女の子たちはみんな泣いていて、自分もああやって泣くべきだろうか、と四天宝寺の生徒らしからぬことをぼんやりと考えた。とは言っても自分は途中で東京から越してきた身だから、四天宝寺の生徒、と言って良いかはなんとも微妙なラインなのだけれど。
とにもかくにも、普段笑顔のみんなが揃いも揃って涙に暮れる様子は、私にとっては奇妙で奇怪で怪奇的で滑稽で、不思議な光景だった。

「なぁ、遥菜」
「え?」

教室の隅でみんなを見ていた私に、誰かが声をかける。顔を上げてそちらを見ると、恋人である蔵が私をにこにこと見下ろしていた。彼はまわりと違って泣いてはおらず、ただ僅かに疲れたような表情は見せていた。完璧を振りかざす彼にしては珍しいことで、きっと彼の卒業を嘆く女の子たちに、かなり苦労をしたのだろう。

「蔵は、泣いてないんだ?」
「お前こそ、泣いとらんやん」

そんな言葉を交わしあい、互いの澄ましきった表情をじっと見やる。後ろの方で謙也くんが鼻水だらだら垂らしながら泣いているのが見えて、ふっ、と蔵を見たままつい笑ってしまった。それに蔵が首を傾げたが、それが謙也を見てのことであると気がつくと、苦い笑いを浮かべた。

「蔵の泣き顔、見れなくて残念だなぁ」
「俺も残念や。遥菜の泣き顔見れると思ってたんに」
「泣いてあげようか?うえーん」
「あほ。そないなやる気のない泣き方、つまらんねん」
「どーえーすー」
「お前もそうやろ?」

蔵は肩をすくめて笑った。
それから彼と何度か言葉のキャッチボールをした後、まだ名残惜しそうに教室にだらだらと居座り続けているクラスメイトたちを尻目に、そろそろ帰ろうか、という話になった。クラスメイトたちに今日で10回目の別れを告げると、ようやく寂しさというものが込み上げてきた気がした。それが涙になって溢れることはないが。

「あ、そうそう」
「なに?」
「俺、もうすぐ引っ越すねん」
「・・・え?」
「卒業と同時に、っつー話、せぇへんかったっけ?」
「聞いてない」
「そか、すまん」

蔵はあまりに軽く謝ったあと、私を見て微笑み、頭をなでた。私は蔵の突然の告白についてぐるぐると考えながら、彼の手の大きさとか、優しさとかを、全身の細胞を使って感じとった。引越し、かぁ。そういえば、どこに越すのだろう。あまり遠くなければ良いな、と考えた私の期待は、蔵の言葉によって見事に打ち砕かれた。

「北海道なんやって」
「・・・ええー」

自然と顔が引き攣った。笑おうとするのにうまく笑えない。蔵はにこにことしているが、こちらにしてみれば笑っているどころではなかった。蔵が北海道に?ええと、それも、もうすぐ?つまりそれは、私と蔵が離れ離れになることを意味しているわけで。蔵に毎日会えないし直接話せないし頭も撫でてもらえないし、好き、という言葉ももしかしたら聞けなくなるかもしれない。うわ、どうしよう。そんな蔵がいない生活、私じゃいつまで耐えられるかわかったものじゃない。

「え、あの、その」
「ん?」
「・・・それ、ほんとの話?」
「ほんま」
「・・・っ」

蔵は笑顔で言った。どうして笑顔なのだろう、蔵は悲しくないのだろうか。私と離れることが、私と会えなくなることが。実は私なんて、そんなに大切に思われていなかったりして?
そんなことを考えると、鼻の奥の辺りからつんと込み上げるものがあった。卒業してみんなと離れ離れになっても泣かなかったくせに、蔵と離れ離れになると聞いたら涙が出てきて仕方がない。だって、だって、悲しくて。

「・・・遥菜!?」
「ぅ・・・、ひっく、なんでも、な・・・」
「うわぁ、ごめんな、ごめん!まさかそないに泣かれるとは思わんかった」
「だって、蔵が・・・っ、」
「大丈夫、大丈夫やって。別にどこにも行かんから」
「・・・・・・・・・え?」
「嘘やから。引越しとか、北海道とか。俺が遥菜に何も言わんわけないやろ」
「・・・・・・は?」
「いや、やって、遥菜が全然泣かへんから。泣き顔見たいなー思て・・・あ、ご、ごめんな・・・?」
「・・・・・・」

なんて野郎だ。こっちは蔵のことを想って泣いているわけで、決してそこに冗談とか嘘とかはなかったわけで。乙女の心を踏みにじられた、そんな気分だ。蔵の申し訳無さそうな表情に、逆に腹が立つ。なぐりたい、と心底思ったが、きつく拳を握り締めるだけでなんとか堪えた。えらいぞ、わたし。

「・・・蔵」
「な、なんや?」
「・・・・・・ばか、好き」
「・・・っと、」

小さな呟きと共に彼に抱きついて胸に顔を埋めると、そっと背に手をまわされた。目尻に浮かんだ涙を隠すように、彼をきつく抱きしめる。蔵が痛い、といって少し笑った。

「おん、俺も、好きやで」
「・・・・・・うん」


需人


学校からは卒業できても、まだ蔵からはしばらく卒業できそうにない。
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7位は白石蔵ノ介でした!ついに他校です。

2013/2/24 repiero (No,114)

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