||卒業


この時期になると、いつも彼女を思い出す。

何年か前にどこか遠いところへ越していった彼女は、酷く美しく、それでいて、儚げな雰囲気をもつひとだった。"いつまでも私にしがみ付いていてはいけない"、と彼女はいつだったかそう言ったが、彼女に比べたらずいぶんと子供で、わがままな俺からしてみれば、そんなのは到底無理な話だった。ふと窓のそとを見ると、彼女がいなくなった日と同じ、初春の一歩手前といったところの寂しい景色が広がった。恐らく多くの人が切なさを滲ませるであろうと共に、次なる季節に期待と喜びを抱かせる、そんな風景でもあった。

「ねーちょっと、幸村くん、聞いてます?」
「・・・あぁ、聞いてるよ」

そう不満げに言ったのは、3ヶ月ほど前からぼんやりと付き合い始めた恋人だ。俺はそれににこりと微笑むでもなく怒りをあらわにするでもなく、恋人の紡ぐくだらない話を右から左へと聞き流した。本当に、どうでも良いような相手なのだ。別にこの人と付き合っていることに後悔なんかはないけれど、でもこの人のことが好きかと問われれば決して首を縦にふることはできない。少しの自己満足と多少の女避けの意味を込めて、流されるままに付き合っているだけで。

「・・・遥菜」
「え?だれ、それ?」

不意に呟いてしまった名前に、恋人が反応を示す。あとで怒り出されるのも面倒なので、昔の友達だよ、とそれだけを言って誤魔化した。本当を言えば、彼女は俺にとってそれだけの存在ではない。彼女は俺の中学の時の恋人で、更に言えば初恋、そして今でも最愛の人だ。彼女にとってみれば自分なんて過去の男だろうし今でもそんな風に思われているなんて思いもしないだろうが、でも紛れもなく、彼女はかけがえのない存在であった。

彼女は元気だろうか。誰か新しい恋人を作っているのだろうか。その人とは、愛し合えているのだろうか。幸せで、いるのだろうか。

彼女のことを考えるたびにあふれ出すのはそんな心配事ばかりで、でも最後にはいつも「自分のことを覚えているだろうか」という思いにたどり着いた。きっと覚えてはいないだろう。卒業と同時に越していったから、卒業アルバムを見る機会はあるかもしれない。その時に偶然でも俺の名前を見つけ、「そういえば」、くらいに思い出してもらえればそれでもう本望だ。

(なぁ、遥菜、俺はまだ)
「ねぇ、幸村くん?ちょっとぉ、聞いてんの?」

再び喚き始めた恋人を適当にあしらって、椅子から立ち上がった。高3の冬、卒業の日は近い。そう、もうすぐ俺は卒業しなくてはならないのだ。高校から、だけではなく、「彼女」からも。別にそれは義務ではないし、したくないのならする必要は全くもってない。けれど、しなければならない、と思った。それこそいつまでも彼女に「しがみ付いた」ままでは、俺は一生自分を変えられないだろう。

(・・・もうすぐ)

恋人を置いて教室を出て、俺はどこへともなく歩き出した。放課後の学校に、人気はない。後ろから恋人が慌てておいかけてくるのを感じたが、そちらを見ることはしなかった。一体どこへ向かうつもりなのだろう、と歩きながら思い、一瞬考え込んだが、すぐにどうでも良くなって考えるのをやめた。別にどこへ行こうと俺の自由だ。それが迷惑行為でない限りは、誰かに指図される必要はない。

「遥菜」

もう一度たしかめるように名前を呼んで、ようやく追いついてきた恋人などお構いなしに歩みを止めた。誰もいない廊下に、俺と恋人の2人だけが残されている。まるで「卒業」という行為から、置き去りにされたようだった。

「幸村くんったら、どうしたの?」
「・・・・・・」
「ねぇ、ちょっと!!」

再び歩き出した俺の耳に、なんなの、もう!という恋人のぷりぷりとした声が届いた。それでも放りはせずにちゃんとついて来る辺り、恋人は俺のことを愛してくれているのだろう。俺の方はどう思っているかなど、知りもせずに。なんて理不尽なんだろうか。いや、恋愛に理不尽もなにもないが、でも、俺はこんなに身近に幸せがあるのに、わざわざ遠くに自分の幸せを求めようとしている。ああ、やっぱり俺は子供で、わがままだ。君のように大人にはなれない。

「・・・好き、でした」
「え?なんか言った?」
「・・・いや、なんでもないよ」

その時はじめて恋人の方を向いて微笑んで、頭を撫でてやった。すると恋人は嬉しそうに微笑む。帰ろうか、と声をかけると元気な返事がかえってきた。
その笑顔に重なった彼女の笑顔を振り切って、俺は恋人の手を引いて歩き出した。もう忘れなくてはならない。もうすぐやってくる、卒業と同時に。





その時はきっと、君を思い出に変えて。
――――――――――――
第6位は幸村様でした。
「間違った隣人」が人気のようです。

今回は「学校を卒業」というより「昔の恋人から卒業」という意味合いを強めて書いてみました。
次回はついに他校キャラです!

2013/1/20 repiero (No,94)

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