||落ちる


冬が終わり、春が近付く季節。

「・・・寒い」

外に出た瞬間、襲ってきた外気に私は身を震わせた。学校に行くのは少し久しぶりだった。春休みのような冬休みの延長のような、そんな微妙な期間を経て、今日はとうとう「卒業式」の日なのだ。青春したり黒歴史作ったり、思い出ばかりの中学3年間がアレで締め括られると思うと、納得がいかない。というか、締め括られてほしくないというだけなのかもしれない。

(行きたくない)

私が通う立海は、試験さえ受ければ大学まで一貫制である。だからどうせ卒業しても、ほとんどの人はエスカレーター式で同じ高校に行くのだ。けれど勿論、そこで人がいなくなったり逆に新しく編入してきたり、そういう変化が毎年ないわけではない。少なからず「中学」から「高校」にかけて、みんながみんな、変わってしまうのだ。勿論、私も含まれるのだが。
私にはそれが嫌で、高校には行きたいけれどこのまま変わらずにその場に留まっていてしまいたくて、だからこそ今日の「卒業式」には参加などしたくなかった。

「不変なんてありえない、か」

いつだったか、親友が言っていた言葉を思い出した。以前私はイケメンで紳士なテニス部レギュラーの柳生サンに告られたことがあり、その返答に思いあぐねていた時期があった。親友は付き合っても良いんじゃないかと言ったが、自分は彼のことを「好き」と思えず、ずっと答えを迷っていた。結局断ることにしたのだが、その時に親友が言った言葉がこれだった。

『不変なんてありえないんだよ?遥菜ちゃん』
『・・・どーいう意味?』
『もしかしたら、柳生さんを好きになるかもしれないってこと』
『うー・・・ん、好きになれる気がしない』
『今はそうかもしんないけど!・・・それに、柳生さんだって、いつまでも遥菜ちゃんを好きなわけじゃないと思うし』
『それ聞いたら尚更付き合いたくねぇ』
『違う違う、そういう意味じゃなくって!』
『じゃ、どういう意味よ?』
『だからぁ・・・』

そのあとの言い合いはすでに覚えていないが、恐らくとりとめのないような内容だっただろうと思う。

「卒業式とか面白いこと何にもないし。涙も感動もない」

いっそのこと、高校に行くとみんなバラバラ〜みたいな、普通の中学校と同じであれば涙くらいは流しただろうし行く気も起きただろうが、うちの学校じゃそれはあまり期待できない。涙を流すのは本当にみんなと別れなければならないごく少数派の人間だ。

(熱だしたことにすればよかったかな)

正直、休んだところで何か大切なことを聞き逃すわけでもない上、恐らく将来そのことで後悔もしないだろう。うわ、そう考えたらますます休めばよかった。

「・・・おや、高崎さん」
「(・・・げ、)柳生さん」

内心顔を顰めそうになったがなんとか堪え、私は薄く笑みを浮かべて柳生さんに挨拶をした。ちなみに、別に私は彼を嫌いなわけではない。ただ以前のこともあり、ちょっと気まずいというそれだけだ。会話の弾まない相手と一緒にいるのは苦手である。

「これから学校に向かわれるので?お早いですね」
「まー、私歩くの遅いから。柳生さんも早いじゃん」
「こういう日ですから、早く行くのも悪くないかと思いましてね」

そう言って微笑む彼は、少なからずこの卒業の日をただの儀式とは捉えていないようだった。私は彼の横顔を見つめ、相変わらず綺麗な顔をしているな、と全く関係のないことを考えていた。すましたような落ち着いた表情は、なんというか私とはかけ離れた存在に思える。私だってどちらかといえば落ち着いているほうだが、でも、柳生さんのように心までは落ち着いていない。

「・・・高崎さん、ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「はーい、なんでしょうか」
「掘り返すようで申し訳ないのですが・・・、過去に私が告白をした時、あなたは、私に『柳生さんを好きになれそうにない』と仰いましたね」
「・・・まぁ、言ったかな」
「それは、今も変わりませんか」
「・・・今?」

柳生さんが足を止める。私も自然と足を止めた。くだらないことを考えていた思考は中断され、柳生さんの言葉に意識が集中しはじめたのだ。たしかに過去に私はそう言ったが、そうか、今も私は彼のことをそういう風に思っているのだろうか。

(柳生さんを、好きになる?)

私はふと彼を見た。彼も私を見ていた。そこに不安とか悲しみとかそういったマイナス要素は一切感じられず、ただただ、穏やかに微笑んでいた。

(好きになるって・・・)

私は考える。柳生さんの隣に立って歩く自分を、柳生さんと仲睦まじげに話す自分を。

「・・・ごめん、わからない」
「――そうですか」

精一杯イメージしようと思ったが、どこかぼんやりとそれは霞み、「柳生さんを好きになった自分」というのは思い浮かべることができなかった。だがそれと同時に、私は過去のように、「この先私が彼を好きになることはない」という風には思わなくなっていることにも気がついた。これが、「不変なんてありえない」ということなんだろうか。親友の言葉が脳裏に浮かべられ、はたと動きが止まった。

「すみません。可笑しなことをお聞きして。・・・正直、まだ諦め切れていないというのが心情なんです」
「あ、いえ・・・それは別に・・・・・・」

柳生さんが微笑む。どくん、と大きく心臓が脈打った気がした。なんだかとんでもないことに気がついてしまった気がして、冷や汗のようなものが薄くこめかみの辺りにふき出た。

「それでは、私は先に・・・「や、ぎゅうさん」・・・はい?」
「・・・一緒に、行きませんか。迷惑でなければ」
「もちろん構いません。一緒に行きましょう」

彼が微笑む。私も無理矢理微笑む。けれどその裏側では、様々な葛藤が飛び交っていた。

「これから卒業式だと思うと、緊張しますね」
「そう、ですね」
「ただの儀式だとはわかっていても、奇妙な感慨を抱かずにはいられないんです・・・、おや、高崎さん?どうかされましたか?」
「・・・・・・あ、いや・・・」

私は取り繕うように笑みを浮かべた。固まっていた表情に頑張って笑みを作るが、どうにも上手くいかない。理由はわかっていた。

(もう既に、好き、なのかもしれない)

誰を?と心の中で自問自答をする。

(誰、を・・・って、そりゃあ・・・・・・)


ちる


隣に立つ彼を目を見張るように見つめ、私は恋というものを人生で初めて実感していた。
――――――――――――
4位は柳生さんでした。扱うジャンルのせいですが、見事に立海一色。

2013/1/22 repiero (No,92)

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