||忘却理論


※会話に顔文字を使用する箇所があります。苦手な方はブラウザバック。


嫌な季節だった。
冬が終わりを迎え、寒さがまだ少し後を引く頃。受験という強大な壁が全国の受験生たちの目の前に立ちはだかる中、私はそれとは別に、もうひとつの大きな「壁」というものを考えていた。
隣を歩く自慢の恋人は、私の悩みなど露知らず、まっすぐに前だけを向いている。私はそれを浅いため息と共に、悲しげに見つめた。

「どーしたんじゃ?」
「べっつに。何もないよ、仁王」

冷えた声音。バカらしい、こんなことで拗ねているのか、私は。恋人のようには大人になりきれない自分が、余計子供らしく思える。でも、仕方ないのだ。3年間ずっと付き合ってきた最愛の人と、たった一度の「卒業」というものを経て、離れ離れにならなくてはならないのだから。

「もうすぐ卒業かぁ」
「最近そればっかじゃな。年寄りくさいぜよ」
「うっさい。・・・しょうがないじゃん、仁王と違ってあたしは・・・」
「そーいや別の学校行くんじゃったな」
「なにそれ!忘れてたの?」

あぁ、やっぱり私って子供だ。なんでこんなことで胸が苦しくなって、苛々してなんかいるんだろう。
仁王は下を向いた私に声をかけるでもなく、ただ繋いだ手を少しだけ強く握ってくれた。それが彼の心遣いだというのはわかるが、これだけでは物足りない。少しはその大人でクールな仮面を脱いでくれたっていいのに。彼が与えてくれるのは、いつも素っ気ない慰めばかりだ。

「もっとさ、こう・・・なんかないの? 愛情的な何かは」
「ない」
「・・・なにそれぇ」

あまりに素っ気無い、というか酷な返答に、私は眉尻を下げて俯いた。時々疑問に思うのだ。彼が本当に、自分のことを好きなのかと。3年間も付き合っているのに、そのことに関しては未だに自信がもてない。ずっと前に勇気を出して尋ねてみた時も、仁王ははぐらかすように「とりあえずは好きじゃけど」と答えたのだ。「とりあえずってなに!?」とまぁ当然のことながらその後喧嘩になったわけだが、いつのまにかその件は忘れて仲直りしていた。

(ただの女避けなの?あたしって)

仁王はわざわざこの事を言う必要がないくらいにモテる。なぜならかっこいいから。仁王雅治と言えば、この学校の98%くらいの女子が知っている名前だろう。彼は毎日必ず1回は告白されているんじゃないかと思うほどに人気で、有名な人物なのだ。勿論彼の名前とセットにして、恋人である私の名前も広く知れ渡っているだろうが。さぞかし周囲は羨ましいだろうね、私の立場が。

(もし仁王とあたしが付き合っていなかったら)

恐らくだが、今以上に彼の人気は増す。「すでに彼女がいるなら仕方ない」という人間まで、彼に手を伸ばし始めるからだ。今でさえ多いというのに、これ以上になってしまったら・・・考えただけで恐ろしい。仁王はそれを警戒して、女避けとして私と付き合っているんじゃなかろうか。

「(^ω^)」
「なんじゃその顔」
「いやなんでもない(^ω^)」

あーなんか腹立って来た。悲しくはならない、でもこういうこと考えると無性に苛々してくる。なんだよモテるからって調子こくなこのやろうみたいな感じで。

「ねぇ、仁王、一応聞くけどさ」
「なんじゃ?」
「あたしがこのまま別の高校行ったら、会う機会減るっていうのはわかってる?」
「わかっとるよ。別に会えるからええじゃろ、2週間に1回」
「・・・仁王はそれで納得なの?」
「お前さんは納得いかんか?ならいつでも俺ん家に来ればええじゃろ?」
「そういう問題じゃなくて!」

やっぱりそうだ。彼は私のことなんて、どうとも思っていない。本当に私はただの、「女避け」なんだ。

「仁王、それならあたしにも考えがあるんだよね」
「なんじゃ」

仁王は顔を顰めてこちらを見た。いい加減、この話は終わりにしてしまいたいというような表情だ。私はそれに唇を噛む。

「別れよ、あたしたち。卒業と同時に。ね」
「・・・は?」
「だって仁王はあたしのこと好きじゃないんでしょ?ならもう良いよ。あたしが仁王のことどれだけ好きでいても、無駄ってことだもんね」
「俺はお前さんのこと好いとるが、」
「なにそれ、今更でしょう?あたしと別れたところで、また別の女の子と付き合っちゃえば、『女避け』には十分なんじゃないの?」
「・・・・・・」
「やっぱりそうなんだ・・・。・・・いいよ、もう。じゃあね」

これでいい。これでいいんだ。本当は仁王とずっと一緒にいたいし、この彼女という立場を捨てたくはない。でも、ずっとそれにしがみ付いていたところで、彼は絶対的に私に振り向いてはくれないのだ。そんなことなら、苦しむ前に終わりにしてしまえばいいじゃないか。・・・これでいい、筈なんだけど。

「・・・ねぇ、ちょっと、なにやってんの?」
「愛情的な何かを表現しとるんじゃが」
「あのさぁ、よくそうやってふざけられるね」
「ふざけとらんよ」
「うそつき」

先にスタスタと歩き出した私を、仁王は徐に背後から抱き寄せた。人通りが全くないわけではないのに、こんな場所で恥晒しも良いところだ。正直に言えば、それにドキドキしていたのは確かだが。

「好きじゃよ」
「嘘」
「大好き」
「嘘」
「愛しとぉ」
「・・・嘘。あのさ、恥ずかしくならない?言ってて」
「恥ずかしい」
「うん、だろうね。だから別に無理して嘘つかなくても・・・」
「恥ずかしいが、言わなきゃお前さんと一緒にいられんじゃろ」
「え?」

頭の上から聞こえる声に、耳を疑った。でもすぐに気を取り直す。これは彼の作戦だ。顔の見えないように後ろから抱き締めて、それで、甘ったるい言葉を囁く。その時自分がどんなにニヤニヤしていても、相手にはばれない。相手はたぶん一瞬で落ちる、仁王なら。 そうだ、そういう作戦に違いない。そう思え、思え、思え。でないと、私は・・・。

「ほんまにお前さんのことが好きじゃ。好きじゃから、何も言えんかった」
「・・・っ」
「好きじゃ、好きじゃ、好きじゃ」
「そういって、卒業してったらあたしのこと忘れるくせに」
「忘れんよ。それにこんな恥ずかしいこと言ったんじゃ、忘れようにも忘れられんじゃろ」
「・・・・・・それはまぁ、言えてるけど」
「別れるとか言わんで。女避けなんて思っとらんし、もしそうだったとしても、それでも俺はお前さんと好きで付き合っとる」

仁王の抱き締める力が強まった。あぁもう、なんなんだ。普段は甘い言葉のひとつも言えないくせに、こんな時ばっかり、こんな時ばっかり。

「・・・も、わかった。わかったから、離して」
「いやじゃ」
「はーなーせ!」
「・・・おん」

ようやく解放されてすぐ、私は彼の方に正面から抱きついた。驚きながらも受け止めてくれる彼が嬉しくて、そのままきつく抱き締める。優しく頭を撫ぜられた。

「嘘じゃないんだね?」
「嘘じゃったら、もう3回くらいは愛しとぉって言うかの」
「・・・どういう基準?」
「そういう基準じゃ」

仁王が小さく笑う。私も彼に抱きついたまま、少し微笑んだ。

「次こういうことがあったら、ほんとに別れる」
「え、それは困・・・」
「なに?また同じことやる気?」
「・・・・・・努力するぜよ」
「よろしい」

抱き締める力を緩めて、私は正面から彼と向き合った。彼は頬を赤くして、照れたように視線を逸らす。ちょっと可愛い、と思ってしまうのは、普段彼がこういう姿を見せてくれないからか。

「あぁ、恥ずかしかった。これでもう、ほんまにお前さんが忘れられん」
「忘れる気だったの!?」
「ちゃう、ちゃう。片時もお前さんのことが離れなくなったっつーあれじゃ」
「うわ、あたし的にはそっちの方が恥ずかしい。きもっ」
「・・・まーくん傷付いたナリ」
「うっせぇ黙れ」
「Σ(゚д゚lll)」

仁王がショックを受けたような顔をして落ち込むが、とりあえずは無視しておいた。今彼を見てしまったら、口元が緩んでしまうと思うから。

「あ、UFO」
「へ?」
「隙アリ」
「!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

しばしの沈黙。仁王はしてやったりとした顔で唇をなぞり、私は呆然とその仕草を見つめていた。

「さー帰るぜよ」
「え、ちょっと・・・今のはっ」
「遥菜のファーストキスはもらったナリー!」
「うぇぇ、へ、ぁ、ああああああ」
「そ、その反応は傷付くんじゃが」

嫌じゃったか?、と仁王が不安そうに尋ねてくる。私は口元を押さえたままそれを目を見開いて見返し、馬鹿!、と一声叫んでその場を逃げ出した。

(うそでしょ、だって、3年間の進展が手をつなぐだけだったのに)

今になって、と言葉がついと口に出る。後ろから慌てたように仁王が追いかけてくるのを感じ、私も速度を上げた。とは言っても、すぐに追いつかれてしまうだろうが。

(やばい、これは)


理論


私も仁王を、忘れられなくなった、なんて。
――――――――――――
長い!
と、思いましたがいつものことでしたね。

2013/1/5 repiero (No,86)

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