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◇
「おはよーございまっす!!」
翌朝、玄関から響いた元気な声に私は安堵の息を漏らした。
ちょっと待ってー、と嬉しそうに声を弾ませ、階段を駆け下りる。まだ生徒が登校するにはかなり早い時間だが、私やテニス部のメンバーには朝練がある。赤也は寝坊が多いから大抵の場合私が迎えに行くのだが、今日はきちんと起きられたらしい。
昨日の事もあって酷く彼を心配していたが、その必要もなさそうだと彼のワカメヘアーを見て小さく笑った。
「なに笑ってんすか? ……あっ、昨日は心配かけてすんません。病院には行ってないっすけど、俺はこの通り元気ですよ!」
赤也は笑いながら両腕を脇に掲げて見せた。太陽のような笑顔が眩しい。確かに彼は本調子に戻ったようだ。少し気になる事もあるが、きっと気のせいだろう。赤也が元気ならばそれで良いのだ。
「それじゃ、行こっか。早く行かないと遅刻しちゃうよ?」
「大丈夫っすよ! ゆっくり歩いていきましょう!」
「もう……」
互いに笑い合って隣に並ぶと、さりげなくその手を繋いだ。……否、繋ごうとした。
「うわぁぁぁっ!!?」
「赤也!?」
赤也は私の手を掴んだ瞬間飛び上がり、よろよろと私の方から後退する。左手を自分の影に隠すようにしながら、私の右手を凝視していた。まるで昨日のように。
「どっ、どうしたの……? また静電気?」
「いや……」
赤也は何か言いたそうに口を開いたが、眉を顰め、しばし考えるように口を閉ざした。しかしすぐに笑顔を作る。なんでもないっす!と言う彼の笑顔は、先ほどと同じく太陽のように眩しくて。
(赤也……?)
酷い違和感を感じた。昨日のことと言い、どうにも赤也の様子が可笑しい。別に痛がっていることが演技というわけではなさそうだし、でもそれなら赤也は一体何に痛みを感じているのか。一昨日までは、いや、正確に言えば昨日の朝まではなんの異常もなかったというのに。
「先輩、早く行きましょうよ! 遅刻するっすよ!」
「あ……、う、うん」
赤也は私が歩き出すのを待ってから、隣をゆっくりと歩いてくれたが、赤也も私も、それから再び手を繋ごうとはしなかった。
◇
「うっ、うわぁぁぁっ!?」
廊下に赤也の悲鳴が響き渡った。移動教室の為に階段を下りていた私はそれに顔を上げ、慌てたように声の聞こえたほうへと走っていった。
「赤也……!」
視線の先には、心配そうに赤也を見ている女子生徒と、腕を押さえて悶絶している赤也の姿。……えーっと、あの、どういう状況?
「だ、大丈夫……?」
「いっっってぇぇぇ!! お前何したんだよ今!?」
「なっ、何もしてないよ! 赤也君が肩叩いたから振り向いただけじゃんっ!」
「いや絶対なんかしただろ! すっげぇ痛かったんだけど!?」
「はぁぁ!? 濡れ衣だっつのーっ!」
……。なるほど、大体わかった。
私は彼らの様子を見つめ、浅く溜息をついた。赤也にとって私が唯一無二の存在で、大好きな彼女であるにしても、彼の女の子好きは変わらないのだ。私という存在がありながら、なんて苦笑気味に呟く。
「ったく、あの馬鹿也は……」
「うぎゃぁぁ!!?」
「ふぇ!? あっ、えっ!?」
「〜〜っ、おっまえまで何かしたのかよ!?」
「しっ、してないよ!?」
あぁ、巻き込まれた女の子たち可哀想に。
(……それにしても)
あの赤也の痛がる様子。今朝や、昨日の時と似ている。やはり、ここ2日で彼に何か異常でもあったのだろうか。
私は真っ直ぐに赤也の様子を見つめ、それから踵を返した。
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