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電話越しに、男から伝えられたあまりに重たい話に私はこくりと息を呑み込んだ。頭を整理しようと何度も内容を反復して、ますますわからなくなっていってしまう。電話の相手は私の様子を察してか少しだけ笑って、言葉を続けた。

『今のが高橋……いや、もう坂田萌美といった方がいいのかな? 彼女の過去の全てだよ。彼女は今まで親友の高橋恵理佳さんの名前を騙って、君たちのことをだましていたんだ』
「でも、そんな理由があるなら……私たちが坂田さんのことを追い出してしまったら、坂田さんはまた自殺をしてしまうんじゃ」
『さぁね。でも、追い出さなかったら死ぬのは君だよ』

あまりにもあっさりと重大な言葉を吐かれ、私は慌ててそれを聞き返した。死ぬのは私とは、話が飛躍しすぎていないだろうか。どうして坂田さんを追い出さないと、私が死んでしまうんだろう。素直に尋ねれば、相手は「仁王君に聞いてないの?」と可笑しそうに笑った。

『坂田はもう、親友を生き返らせることなんて考えていない。赤也くんを自分のものにしたくて必死なんだよ。だから赤也くんの彼女である君が邪魔で邪魔で仕方がない』
「そんな、」
『今までは怪我で済んでいても、この先はどうかわからない。そうだろう?』

言われて、会うたびに鋭い視線を向けてきた彼女のことを思い出した。赤也と話すとき、そばにいるとき、彼女は決まって私のことを忌むように見つめてくる。はじめはただの嫉妬か何かだろうと思って放っておいて、その結果が拒絶反応だ。そして次には、仁王まで巻き込んで階段を転がる羽目になった。もしまた次があったら、と思うと何が起こるかはもうわからない。ぞっとした。

『話した通り、彼女は本名がバレてしまえば君たちの世界にいられなくなる。覚悟が決まったら呼んであげることだね。坂田萌美さん、ってさ。……あはははっ!』

ズ、とノイズのような音と共に電話が切れる。驚いて画面を見れば、もうとっくに電話を切られてしまったあとだった。
仁王に電話を返すと、彼からは言葉の代わりにまっすぐな視線が寄越された。それにふにゃりと笑みを崩して、今しがた聞いたばかりの内容をゆっくりと話した。彼女の過去、赤也を狙う理由、高橋というのは偽名であること。仁王は黙って話を聞いていた。
しかしやがて話を終えると、彼はほぉか、とだけ呟いて一人で立ち上がった。そのまま教室を出ていこうとするのを、驚いて呼び止める。振り返った彼は少し冷たい顔をしていた。

「……どこに行くの?」
「決まっとるじゃろ。高橋に本名突きつけて化けの皮剥いじゃる」
「え、でも……っ」
「めぐみ」

仁王は私の方に歩み寄って、視線の高さを合わせるように腰を曲げた。今までにないくらい近付いた彼の顔に緊張して言葉を失う。彼から伸ばされた手は触れられる直前で止められ、「そういえば俺が触るとまずいんじゃったな」と小さく微笑まれた。そうして代わりと言わんばかりに優しい笑みを向けられ、今度こそ私は何も言えなくなってしまった。
仁王の唇がゆるりと開かれる。

「俺はめぐみを守りたい」

まっすぐで優しい、そんな言葉を伝えるだけ伝えて仁王はあっさりと踵を返してしまった。残された私は呆然と、その背中を見つめるだけ。

「ま……待って!」

でもすぐに我に返って、私はその背中を走って追いかけた。
そんなの、私だって一緒だ。親友の仁王を守りたい。大事な恋人である赤也のことも、守ってあげたい。誰かが傷付くのはごめんだ。傷付けられるのを、放ってみているのも。
仁王に追いついてすぐ、彼の隣で俯きながら「私も行く」と呟いた。それから拒絶反応のことなんてお構いなしに彼の腕を掴んで引き寄せ、自然と近くなった銀髪をそっと撫ぜた。時間が経つごとに身体がびりびり痺れて息苦しくなって、顔が苦痛に歪められる。
でもやめなかった。たぶんさっき彼がしたかったであろうことを、私が代わりにやってやりたかったのだ。私だって仁王を守りたいんだって伝えたかった。
仁王は目を見開いて、しばらくじっと私のことを見つめていた。けれどすぐにハッとなって私の手を引き離した。途端に呼吸が楽になった。

「おまん、馬鹿か! なんもする前に死んでどうするんじゃ!」
「あ、あはは……ごめん」

笑ってみせると、仁王も呆れたようにため息をついたあと少しだけ笑った。もうお互い、覚悟はできている。
視線をかわしてうなずきあって、私たちはゆっくりと階段をのぼっていった。

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