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「赤也に変装!?」

イリュージョンじゃ、イリュージョン。そう言って仁王がかっかと笑う。どうしてそんな危ないことを、と言う私に仁王は目を細め、静かな声でさぁな、と笑った。もしも高橋さんに気が付かれてしまったら、きっと何かしら無事では済まなかったはずなのに。

「じゃがそのおかげで、いい話を聞けたぜよ」

両親の離婚、母の死、親友の死。変装中に聞いたというあまりに重たい内容が、仁王の口から滑るように伝えられていく。私なんて聞くだけで息苦しくなって仕方がなかったのに、高橋さんは全く笑顔を崩さなかったのだという。赤也相手だからこそこの話ができて、そして赤也相手だからこそ――気丈に振る舞ったのかもしれない。仁王は「そういう感じじゃなかったぜよ」と言っていたけど。

「そんで、これは俺の憶測なんじゃけど……ん、すまん。電話じゃ」

軽快なメロディーが流れ、仁王は開きかけた口をすっと閉ざした。携帯の画面を確認して、一瞬眉を寄せたあとすぐに電話に出た。ちょっと嫌そうな顔ってことは、真田くんのお叱り電話かなーなんて考えてみたりする。彼が電話を使うのは稀だから、ひょっとすれば幸村くんかもしれない。彼、テニスのことになると怖いもんね。

「もしもし」

しかしその決まり文句を口にした彼の声が変に低くて、私は自分の予想が間違っていたことに気が付いた。特に彼が怒っているとかそういうわけじゃなく、わざと声を変えて喋っているようだ。誰からの電話かは、まだわからない。仁王が渋面になっているのを見るに、少なくとも良い相手ではないのだろう。

「めぐみ」
「……え? あ、私?」

いつの間にか普通の声に戻った仁王が、私の方に携帯電話を差し出してきている。意図を察して首を傾げると、小さなうなずきのあとアイツじゃ、と言葉が続いた。しかしながら、私に「アイツ」と言われて思い当たる人はいない。
少し不安な気持ちを押し殺すようにもしもし、と呟くと、電話の向こうからは優しそうな男の人の声が返ってきた。やっぱり、知らない人だ。

「あの、あなたは…………」
『ふふ、仁王君から聞いてないかな。高橋の電話友達さ』
「!」

そこまで言われてようやく、私は「アイツ」の正体に気が付いた。以前高橋さんの携帯にかけてきていたあの男とみてまず間違いないだろう。でもどうして、仁王の携帯に。連絡先を知っている筈もないし、そもそも知り合いですらない。それに、わざわざ私に交代した理由もよくわからなかった。

『仁王君は相変わらず、僕のことを疑っているようだったからね。きちんとお話できる相手に代わってもらったまでだよ』

なるほど。
聞こえてきた声に納得しかけて、すぐにその言葉の不自然さに気が付き喉を鳴らした。私は何も喋っていないのに、何故この人はここまでぴったりと当てはまる回答を寄越してきたんだろう。
これが対面している、仲の良い人ならばまだわかる。でも相手は初対面で、私のことを声でしか察せない状況だ。心を読まれているかのような恐怖に、話そうとしていた言葉の全部がどこかへ消えていってしまうのを感じた。

『君たちは、高橋のことを知りたいんだろう』
「そう、ですけど」
『仁王君が彼女から聞いた話は、全て本当のことだよ。でも、彼女はその話を自分のこととしてしっかりと受け止められていないんだ。全部が他人事で、両親の離婚にしろ親友の死にしろ、悲しいことだと思えていないのさ』
「……どうしてですか?」
『説明するには少し、長い話が必要になる。……良いかな?』

そこで私は一度、仁王の方を見た。仁王も私の方を見ていて、目が合うと少しだけ表情を和らげて微笑んだ。電話の内容は聞こえていないはずだけれど、大丈夫と言われているような気がしてなんとなく安心した。

「はい……お願いします」

電話の向こうで小さく、よかった、という優しい声が聞こえた気がした。

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