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「高橋の家に?」

何日かして、いつものように昼食を取っていた俺は高橋の言葉に驚いたように顔をあげた。目の前の彼女はいたって真面目で、むしろ俺が驚いたことを不思議そうにしてこちらを見ていた。

「家って……家だよな? 良いのかよ?」
「うん。前話した通り、わたし一人暮らしだし。大丈夫だよ」
「一人暮らし!?」
「えっ……う、うん。前、話したよね?」

あまりにあっさりと零れた衝撃的な事実に、思わず目を丸くする。まだ中二なのに、一人暮らしだって? それって、色々と問題なんじゃないだろうか。それに、前話したことがある? 初耳だ。いくら俺でも、そんな大事なことを言われたら嫌でも覚えている筈だ。うん、やっぱり聞いた覚えはない。

「話したはずなんだけどなあ……あ、もしかして」

考え込むようにしていた高橋が、はたと顔を上げる。

「赤也、気遣ってくれてる?」
「え」
「あはは、もう、別に重い話じゃないよって言ったのに。優しいね、赤也は」
「???」

高橋は可笑しそうに笑った。その表情は可愛らしくはあるけれど、なんだか少し不気味だ。恐ろしさすら感じる。

「それで、来る? 私の家」
「あ……、えっと」

しばし迷って視線を彷徨わせたあと、まあ良いか、と小さくうなずいた。





部活が終わったあとにめぐみ先輩と話していると、高橋がやって来て俺に微笑みかけた。めぐみ先輩は戸惑った様子だったけれど、俺の笑みにつられるように少しだけ笑ってくれた。

「赤也、早く家に行こうよ」
「えっ……家?」
「はい! これから赤也と二人で、私の家で遊ぶんです!」
「めぐみ先輩も行きますか?」
「なっ、」
「あ……ううん、私は良いよ赤也。高橋さんにも悪いし……」

楽しんできてね。
そう言って手を振っためぐみ先輩の顔は、いつもみたいに明るくなかった。

高橋は高橋でこちらもあまり機嫌が良くなくて、少しだけ苛立っているように見えた。しかし話しかけると普段と変わらない笑顔が返ってくるし、なんだかもう、よくわからない。二人で茜色のアスファルトの上を歩く間、俺は気まずさに口を開くことができなかった。俺らしくないけど、仕方ない。話しかけちゃいけないような気がしたんだ。

「ついたよ」

驚いたことに、案内されたのは普通の一戸建てだった。一人暮らしと言うから無条件にアパートやマンションを想像していたのに、なんだか裏切られたような気分だ。こんなところに一人で住んでいるなんて、高橋は寂しくないんだろうか。学校で見せる表情からはそんな雰囲気を一度も感じたことがないけれど、もしかしたら隠しているのかもしれない。
ちらりと視線を送ると、目が合って嬉しそうに笑いかけられた。でも俺にはそれが隠し事をしている笑みにしか見えなくて、辛いことがあるなら頼ってくれて良いのに、と少しつまらなくなった。

「ここが私の部屋だよ」

俺の部屋とさして変わりないような広さの一室に通され、促されるままに腰を下ろした。女子らしい、綺麗で良いにおいのする部屋だ。めぐみ先輩の部屋には何度か行ったことがあるけれど、他の女子の部屋に入るのはこれがはじめてだ。そう思うとあまり落ちつけなくて、視線が色々なところを行ったり来たりした。
その内に、女性誌や恋愛小説が並べられた棚のところで視線が止まった。その上に一枚の写真がたてられている。気になって近づいてみると、高橋と、知らない女子がこちらを見て笑っていた。立海では見かけたことがない子だ。俺が知らないだけか、それとも、転校する前の友達とかなんだろうか。
考えていると後ろから声がかかって、「私の親友だった子だよ」と笑いながら教えてくれた。前の学校での一番の友達だったらしい。納得がいった。

「そうだ! 赤也に見てもらいたいものがあるの」
「え?」

高橋がぽんと手をたたいて、彼女の勉強机と思しきものに手を伸ばした。備え付けの棚に並んだ教材の隅に、アルバムや日記帳が並んでいるのが見える。彼女はその中にあったファイルのようなものを取り出して、俺の方に差し出そうとした。――と。

「高橋、なんか落ちたぞ」
「え?」

ひらりと、白い封筒がファイルを取り出した拍子に落ちてくる。誰かからの手紙らしいそれを拾い上げてみると、隅に「萌美へ」と書いてあるのが見つかった。誰のことだろうか。なあ、と高橋に声をかけようとすると、伸びてきた手が慌てたように手紙を奪っていった。焦ったように視線を泳がせている辺り、あからさまに様子が可笑しい。

「あ……えと、ごめんね。これは、親友からもらった手紙なの」

高橋がそっと手紙を抱きしめる。余程大切なものだったのだろう。高橋は今までに一度も見せたことのない、怯えるような顔をしてぐっと俯いていた。その気はなかったけれど、余計なことをしてしまったのかもしれない。

「……悪ぃ」

小さく謝ると、高橋が下手くそに笑った。その表情に息苦しくなる。でも上手く励ましたり元気づけたりする方法が思いつかなくて、結局何も言えないままに彼女の頭を撫でてやった。大事な友達なのに、力にもなってやれない自分が情けなかった。

ふと、「萌美」という宛名のことが気になった。親友からもらったというのに、宛名が高橋の名ではなかったことが気にかかったのだ。けれど恐らくは俺が触れて良い事ではないのだろうと思って、口を閉ざした。高橋はただ、「萌美」宛の手紙を思いつめたように見つめていた。

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