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少し周りを警戒するようにしながら、先ほど高橋にもらった飴をコロコロと転がした。いちご味が甘ったるく舌を滑り、少しずつ小さくなっていく。すぐ目の前で手作り弁当をつついている高橋を見ると、彼女はもくもくと卵焼きを頬張っていた。慎重にそれを伺う。特に可笑しな様子は見られない。

「……なあ、高橋ってさ」
「ん?」

高めの、明るい声を意識しながら話しかけると、高橋はこちらを見てにっこりと微笑んだ。普段"俺たち"に見せる表情とは大違いな、いかにも女の子らしい顔。それにうっかり冷めた視線を送りそうになって、慌てて固まった表情筋を和らげる。集中、集中だ。
先ほどまで思い浮かべていた言葉を辿って、再び口を開いた。

「高橋ってさ、いつも弁当自分で作ってるよな。それってすげーけど……母さんは作ってくれないのか?」
「え? あー……言ってなかったっけ。うち、両親いないんだ」
「え」
「あ、赤也変な顔〜」

高橋は笑って、また卵焼きをつまんだ。おいしー!と言って笑う顔は、別段今の話を重く捉えているようには思えない。どう話を続けるべきか迷って黙り込んでいると、それまで咀嚼を続けていた高橋が突然箸をおいた。見ると、彼女が首を傾げて「ちょっとだけ真面目な話して良いかな?」と言った。おう、とうなずくと、ありがとうと返ってくる。

「うちの両親はね、私が生まれる前に離婚してるんだ」
「うん」
「それで極最近まではお母さんと二人暮らしだったんだけど、少し前にお母さんが病気で亡くなってね」
「……うん」
「そのあとすぐ、どういう巡りあわせか、唯一の心の支えだった親友も事故で死んじゃって」
「……、」
「親戚とか友達はいたけど……急に一人になったみたいで、大変だったなあ」

高橋はなんでもないことのように笑った。決して冗談を言っているような顔ではなかったが、辛く悲しい過去を語るにしてはあまりに普通な顔をしているように見えた。"俺"の前だからと隠してるのかもしれない。
さすがにそんな大きな過去のことを話されるとは思っていなかった俺は、言うべきことを迷って少しの間沈黙した。もし相手がめぐみであったのならばすんなりと言葉が出てきたのだろうが、今この状況で、しかも相手が高橋とあっては下手な言葉は選べない。苦し紛れに「俺なんかがそんな話聞いて良かったのか?」と純粋な疑問をのせて尋ねると、高橋はおかしそうに笑った。

「何言ってるの、赤也だからだよ。赤也は大事な友達だから、知っておいて欲しくなって……迷惑だったかな?」

高橋は笑って言った。本当に何もなさそうな、純な笑顔を浮かべてそう言った。
彼女の表情を見て感じた胸の痛みを誤魔化すように、くしゃりと彼女の頭を撫でてやった。きっと彼ならばそうするだろうと思ったうえでの行動ではあったが、正直なところ、自分の罪滅ぼしのような意思が強かったのは否定できない。こんなもので罪が滅ぶのなら地獄は存在しないだろうけれど、それでも、そうせずにはいられなかった。

「もしかして、転校してきた理由もそれか?」
「え?」

何気なくこぼれた俺の問に、彼女がきょとんとしたように目を丸くする。

「うーん……まぁ、間接的にはそういうことになるのかな?」

曖昧に言って、誤魔化すように目をそらされた。気になるところではあるものの、あまり首を突っ込んで怪しまれてしまっては元も子もない。それ以上は閉口することにした。
高橋は過去を背負っているとは到底思えない、明るい表情を浮かべていた。

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