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「仁王、やっぱりまずいって……」
「だーいじょうぶじゃ。ちゃんと調べてある」
「そういう問題じゃ……」

授業の合間の10分休憩に、仁王と二人で2年の教室に向かった。ただし用があるのは、赤也の教室ではなく高橋さんの教室だ。仁王の提案で向かってはいるものの、今朝の恐怖はまだ頭にこびりついている。正直、行きたくはなかった。

「……失礼します」

教室には誰もいなかった。仁王いわく、今は2時間続けての移動教室なんだそうだ。仁王はすたすたと教室を迷うことなく歩いて、ある席の前で止まった。

「たしかここじゃ、あいつの席」

そう言って振り返り、仁王はわずかに口角を持ち上げた。調べたとは言っていたが、本当にそこが高橋さんの席なんだろうか。机には教科書とノートが重ねて置かれていて、特に可笑しなところなど見当たらない。仁王が教科書に手を伸ばそうとして、私はそれを慌てて止めた。何故、とばかりに仁王がこちらを見る。

「な、なんか……教科書触ったらバチッ!ってなったりとか、しない?」
「……めぐみ、怖いのはわかるがさすがに無いぜよ」
「で、でも……あ」

仁王はひょいと何事もなく教科書を持ち上げ、ぺらりとめくった。初めから終わりまでぱらぱらと見送ったあと、裏表紙の方を見た。私は固唾を飲んでその光景を見つめていたが、やがて、仁王から教科書を裏向きに差し出された。恐る恐るのぞきこむ。名前欄に彼女の名前が記されている以外、いたって普通の……

「あれ、ここ……」

名前欄には高橋恵理佳と綺麗に記されているが、彼女が記したにしては何かおかしい。二重線で消されてはいるが、彼女の名字の前に、「坂」という字が書きかけられていたのだ。

「これ……書き間違えたってことだよね?」
「たぶんな」

自分の名前以外のものを書こうとしたということはないだろうし、とすると、この「坂」はどういう意味なのだろうか。何かしらの理由で過去に名字が変わっている為に間違えたのか、それとももっと別の理由なのか。どちらにせよ、私たちが深く踏み込んで良いことのような気はしない。

「坂、ねぇ」

仁王がぽつりと呟いた。首をかしげた私に彼は笑って、ニヤニヤとしながら教科書をめくって遊んでいる。その瞳は、悪戯っ子のようにらんらんと輝いていた。

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