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いつも通りに朝はやってきた。
ふと目が覚めて支度をして家を出て、もう3年も通っている通学路をとぼとぼと歩いていく。朝練に合わせて登校しているから、朝はいつもひとりだ。少し前までは赤也と一緒だったけれど、最近はそれもしなくなっている。「距離をおこう」の話はほとんどなくなったようなものだが、それでもまだ、元通りと言うわけではなかった。

「あ、柳生君おはよー」
「おはようございます」

ちょうど部室から出てきた柳生君に声をかけると、柔らかな笑みが返ってきた。みんなは?と聞くと、数人だけ、という短い返答があった。
柳生君は比較的話す機会が多い部員であるわりに、未だ他人行儀な壁を超えないままでいる。部員とマネージャーという微妙な距離感に不満があるわけではない。ただ、毎日顔を突き合わせて何かしらを喋っているというのに、2年経っても壁を作ったままと言うのはいささか不思議な感じがしないでもなかった。思えば気兼ねなく話せる部員など数えられる程だし、彼だけが特別遠いということではないのだが。
いつもであればすぐに練習に入る筈なのに、柳生君は迷うようにそこに留まっていた。どうしたの、と見上げると、いえ、と笑みが返ってくる。練習に入ります、と呟くように言葉が続いて、柳生君はコートへと去って行った。

「おー、やぎゅ、早いの」
「あ、仁王……」
「おはよ。じゃ、俺も練習入るきに」

何かあったのだろうか、と考え始めた思考は仁王によって絶たれ、私は頭を振って踵を返した。今はひとまず、マネージャー業の方に集中しなければ。もし彼が怪我をしているのなら一大事だが、彼は無鉄砲な赤也などと違って、身をわきまえることができる。必要なら躊躇うことなく誰かに伝えておくだろう。
伝えたいことがあるのなら彼からまた話しかけてきてくれるだろうと思考にけりをつけて、私は違和感を完全に外へと追い出した。





「赤也、お疲れ!」
「あざっす!」

朝練を終え、部室に荷を取りに行く途中にすれ違った彼に笑いかけた。返ってくる笑みは輝くようで、部活の汗と入り交じって濃い青春の匂いを感じさせる。赤也の瞳は本当に純粋だ。

「あのね、赤也、今日一緒に……」
「あっ、高橋だ!」
「え?」

振り返ると、まだギャラリーが大勢いるフェンスの外側に、見覚えのある姿が混じっていた。赤也に言われたから気が付いたけれど、この人数の中から特別派手なわけでもない彼女を見つけ出すのは至難の技だろう。それなのに気が付いたのは、偶然か、それとも彼女が特別だからか。
高橋さんは赤也の方を見て微笑んでいたが、すぐ近くにいる私の方は見向きもしなかった。まるで見えていないかのように。しかしやがて彼女も私の存在に気が付き、一瞬、すっと表情を消した。忌むような目線だった。

「それで、なんですか? 先輩。なんか言いかけましたよね」
「っ……、ううん。なんでもないよ」
「そうなんすか?」

一緒に帰ろうと、本当はそう言おうと思ったのだけれど、高橋さんのあの顔を見たあとでは、とても誘う気になれなかった。彼女が、怖かった。

「めぐみ」

声のした方を見ると、仁王が立っていた。赤也はいつの間にかいなくなっている。私はできるだけ上手く笑って、仁王を透かすようにして彼の脇をすり抜けた。
今あるのは、赤也への想いよりも仁王への感謝よりも、高橋さんに対する、本能的な恐怖だけだった。

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