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「……これ、って」
仁王が差し出したものを手に取り、ごくりと唾を飲み込む。慎重な手つきでそれを開き、自分達のよく知るものであることを確認してから閉じる。手にあるのは赤い携帯。たぶん……いや間違いなく、高橋さんのものだろう。待ち受けには赤也の写真が設定されていた。
仁王はそれを薄ら笑みで見つめて、口を開いた。
「思わぬ儲けもんじゃの。徹底的に調べるぜよ」
「ちょ、ちょっと、さすがにそれは不味いんじゃ……」
慌てて仁王を止めると、彼は不満げな顔でこちらを見た。一体何がいけないのかとでも言いたげな顔だ。常識で考えればわかるだろうに。
私が静かに名前を呼ぶと、仁王は眉をひそめて私と携帯とを交互に見た。それからひとつ、ため息。最後に携帯をキツく睨んで、一歩下がった。私に任せてくれるらしい。
「とりあえず、私たちにはどうにもできないし……本人に届けてあげよっか」
「……本気か? あいつに、あんなことされたんじゃよ?」
あんなこと、とはきっと、今さっきの階段の件だろう。確かに、本当に彼女がやったのならば許すことはできない。しかしかといって、彼女がやったと言う証拠はないのだ。どうしようもないのである。
私は仁王を見た。いつも通りの表情には、微かに不安の色が見える。彼も怖いのだろうか。高橋恵理佳が。そしてこの、拒絶反応が。
「仁王。返しに行こう?」
「……お前さんがそう言うなら、止めんぜよ」
不安を押し殺したような笑みに、私も小さく笑い返した。ごめんね、という声と共に。
「……あれ」
ふとした違和感に、つられるように視線を手の中に落とした。携帯のバイブが鳴っている。メールか何かだろうか。開くと、画面には誰かの電話番号と思しきものが表示されていた。
「電話……だね」
「赤也か?」
「ううん、違うと思う」
首を振ると、仁王は少しだけ難しい顔をした。突然の電話は止むことなく、本当の持ち主を待って震え続けている。少し気にならなくもないが、仕方ないだろう。このまま自然に止まるのを待って――
「もしもし」
「って仁王!? 何出て……」
思わず大声を出した私の唇の前に人差し指をたて、仁王はニヤリと笑ってみせた。眉を潜めて彼を見上げれば、真剣な表情とぶつかった。
『こんにちは』
「……こんにちは」
「えっ!? 何今の声、超似て――ごめん」
イリュージョンの一種なのだろう、仁王は喉を縮めるようにしながら、高橋さんそっくりの声で挨拶をした。思わず反応した私に黙っているように手で示したあと、どなたですか、なんて言ってみせている。それをやるなら、最初の「もしもし」から真似ないとダメな気がするのだが。
『くっ……あははっ! そんなに無理して真似しなくても良いよ。仁王くん』
「!? ……誰じゃ、おまん」
『誰って、うーん、そうだな。高橋恵理佳の、電話友達ってところかな』
「友達? 高橋の携帯には、名前すら登録されとらんかったぜよ」
『はは、そうだろうね。彼女は前とは別人になってしまったし』
「別人……?」
仁王が眉根を寄せ、困惑したようにこちらを見た。会話の内容がわからない私は、ただただ首をかしげるばかりだ。
『君たち、高橋恵理佳について知りたいんだろう? 彼女の秘密を教えてあげるよ』
「秘密?」
『そう、秘密。気になるでしょ?』
「……おまん、何者じゃ」
『あはは、だから、高橋の電話友達だよ』
徐々に、仁王の表情が険しくなる。苛立ったような、焦ったような表情で視線を下げて、何かを必死に考えていた。
『君も切ないね。好きな人のために頑張っても、その子にはもう相手が「……黙れ」あはは、ごめん』
「お前は、何を知っとる。秘密って、なんなんじゃ」
『……あの子はね』
電話の向こうで誰かが何か言ったあと、仁王は一瞬私を見て、悲痛そうな顔をした。それが、どういう意味だったのかはわからない。でも苦しそうな顔をしていたから、良いことではなかったんだろう。
「そんなことさせん。俺がいる限り、絶対」
『君ならそういうと思った。……応援してるよ』
ふと、仁王が私を見て微笑んだ。その顔は少しだけ、強ばって見えた。
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