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「……何を話そうって言うんですか、先輩方」

高橋さんは取り繕うようにして笑みを浮かべた。電話を切り、持っていた携帯は後ろ手に自分の背へと隠してしまった。誰と話していたのかは正確にはわからないけれど、たぶん、想像通りの相手だろう。仁王も、心当たりは同じに違いない。

「なぁに、赤也のことじゃよ。ほら、前にも相談頼んだじゃろ? 赤也の『拒絶反応』の話で」

仁王はへらりと、いかにも嘘っぽい笑顔を浮かべて言った。その横顔に、ぞくり、と背筋があわ立つ。その時の彼の表情は、二つ名にふさわしくまさに「詐欺師」そのものだった。

「……そう、でしたね。そういえば。あんまり相談にいらっしゃらないので、もう諦めたのかと思ってましたよ」
「はははっ、そんなわけなか。俺らはまだずっと赤也のことを心配しとるよ」

にこにこ、にこにこ。仁王の笑顔と言葉が高橋さんを追い詰める。高橋さんは冷や汗を流しながら、ぐっと唇を噛んでこちらを睨むように見つめている。その鋭い視線は突き刺すように私を射抜き、目が合ったその一瞬、びくりと身体が震えた。

「お前さんも、さすがにわかっとるじゃろ? 俺らが何を聞きに来たのか」
「…………」
「お前、赤也とめぐみに、何をした?」

しん。風の音や蝉の鳴き声で、微かながらも賑わっていた周囲が瞬間的に静まり返る。訛りのない、低い仁王の声音。隣にいて、彼をこんなにも怖いと思ったのははじめてかもしれない。
高橋さんは俯いて肩を震わせ、何度も何度も首を振った。徐々に息も荒くなり、髪の隙間からは彼女の絶望的な表情が垣間見えた。
何が、彼女をそんなにも焦らせるのか。何が、彼女をそこまで追い込んでいるのか。

「……高橋「うるっさい!!!」、」

突然、高橋さんが俯いたまま叫んだ。彼女は引き攣った笑みを顔に貼り付け、流れる汗をそのままに、こちらをゆっくりと見上げた。

「赤也は……、赤也は、私のものなのよ? あんた達のものじゃない。違う、違う、違う!!」
「高橋さん……?」
「私は帰らない、赤也は渡さない……!!」
「何を、」
「黙れよ!! 最初っから恵まれた環境に、赤也と同じ世界にいるお前らが、私のやることに口を出すな!!」

激昂する彼女の表情は狂気じみて、歪んでいる。それでいて今にも泣きそうなその顔に、私たちは怯み、黙りこくった。重たい沈黙が流れる。彼女になんと言えば良いのか、そもそも彼女の言葉の意味は一体なんなのか、つかめないままに時間が過ぎていく。

「……あっ、ちょ、」

耐えかねたのか、やがて高橋さんが私たちの横を抜けて屋上を出て行き、私たちふたりだけが残された。

「……ねぇ、仁王」
「…………」

私はすがるように仁王を見た。これからどうしたら良いのか、どうするのが最善なのか、彼ならばわかるような気がしたからだ。けれど私の視線にも声にも反応せず、仁王はただ難しい顔をして高橋さんの出て行ったほうを見つめるだけだった。

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