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「もしもし」
携帯の向こうにいるであろう人に向かって、私は静かに声を落とした。向こうからかえってくる無機質な声。以前よりも人間離れしてきているように感じるその笑い方。いや、そもそも人間ではないのだから当然といえば当然なのかもしれないが。
『うまくいっているかい?』
「ええ、もちろん。小細工もうまくいっているようだし」
『そうか。それなら、これでようやく君にとっていちばん良い形で物事が動きはじめたわけか』
「そうね。もうすぐ赤也は私のものになる」
『ふーん……でも、そしたら君は帰らななくてはね。あの子を再生して、君も元の世界へ』
「……そうだったわね。ねぇ、別にあの子なんていらないから、私をこの世界に留まらせてよ。いいでしょう、それでも」
『それが君の選択なのかい?』
「人の命よりも、異世界に人ひとり移すほうが簡単なんでしょう? なら、その楽なほうで良いじゃない」
『確かにそうだ。――でも、契約を変えるのは全てが終わってからだ』
「どうして? 今でも良いでしょう」
『さぁ、なぜだろうね』
「…………」
ふ、と息が漏れる。しかし同時に浮かぶのは笑み。あやふやではあるが、これで確かに私がこの世界に留まるための手段が手に入ったのだ。
「もうすぐ。もうすぐよ」
『はは、楽しみにしてるよ』
そう男が言った直後、ズ、というノイズと共に電話が途切れた。携帯を離し、ポケットに突っ込む。ざわざわとさざ波のように風が通り抜けてゆく。
「ふふっ……待っててね、赤也ぁ」
囁いて踵を返した私は、またも気付くことができなかった。そう、ずっと影で聞き耳を立てていた、銀髪の男の存在に。
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