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転機が訪れたのは、その翌日の昼休みだった。
赤也の様子を見にいくため、私は仁王と共に赤也のクラスをたずねた。彼はちょうど友達と喋っていたところのようで、楽しそうな笑顔を見せていた。
「ひとまずは、いつもどおりみたいじゃのう」
仁王が呟く。その途端に周囲の女子たちが沸き、きゃー喋ったー!なんて盛り上がる。じゃっかん失礼な盛り上がり方だった気がしたが、仁王はもはや気にしていないようだった。慣れって怖いね。
「あっ、めぐみ先輩!」
女の子たちの声でこちらに気がついたのか、赤也が駆け寄ってくる。仁王がひらひらと手を振った。
赤也は私たちの近くまできたものの、女の子たち(もちろん私も含む)がたくさんいるせいか、中途半端な距離で立ち止まった。それに仁王が首をかしげ、それから顔をしかめた。赤也のあからさますぎる様子が気にくわないようだ。
「わざわざどうしたんすか?」
「ううん、ちょっと遊びにきただけ」
「俺が連れてきてやったんじゃきぃ。感謝しんしゃい」
「そうなんすか?」
「うん。仁王が、赤也のとこ行こう、って」
これはあながち嘘ではない。昨日の帰り道のようすを仁王に話したら、私の背中を押すようにして、ここまでつれてきてくれたのだ。
「……あれ、お取り込み中?」
「え?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはひとりの女の子が立っていた。白い肌、大きな瞳、茶色がかった長い髪の毛。かわいい子、というのが最初の感想だった。しかし次に浮かんできたのは、誰?という率直な疑問で。
「あ、えーと、桐原君だよね?」
女の子が教室の中まで入り、赤也に近付く。その度に少しずつ後退していく姿はなんとも情けない。あぁ赤也、かわいそうに。
「あたし、高橋恵理佳だけど、知ってるよね?」
「……転校生の、」
「そそ、よかった〜覚えててくれて!」
「転校生って、このあいだ赤也の言ってた……」
"どこか違和感のある"子。その言葉はなんとか飲み込んで、私はしげしげと彼女を眺めた。これといって可笑しなところはないが、なるほど、たしかに彼の話がわからなくもない。別段気になるほどのものではないが、それでも拭いきれぬ何かが彼女にはあった。
「俺に何のよ……うわっ!」
「!」
赤也が後ろも見ずに後退していたせいか、バランスを崩し、後ろによろめく。わたしが驚きに大きく目を見開くと同時、いちばん傍にいた高橋さんが動いた。
「うおっ、とっ……うわぁぁぁ!?」
「だいじょ……えええっ!!?」
赤也が悲鳴と共に掴まれた手を振り払い、のけぞる。わたしも思わず叫んだが、そこで気がついた。
「ど、どしたの? 大丈夫?」
高橋さんが首をかしげる。彼女はこけそうになった赤也の腕をとっさに掴んだらしいのだが、そのわりには、どうにもおかしいことがあった。
「……痛がっとらんな」
仁王が呟く。私も小さくうなずいた。表情に驚きは隠せぬまま。
「……女の子だよ、ね?」
「どっからどう見てもそうじゃろ」
仁王が呆れるようにため息をつく。いや、でも、もしかしたら男の子ってことは……。違和感の正体も、実はこれとか。……いやいやいや。
「あ、もう時間だ。あたし帰るね」
「あ、ちょっ……」
「じゃあね、桐原君!」
去り際、彼女が逃げる赤也の頭部に触れる。それに大仰に反応する赤也だったが、やはり痛がる様子は見られなかった。
「どういうことだと思う?」
「さぁな。じゃが……」
仁王が一瞬、言葉を止める。
「あの女は、一体何のために赤也に会いに来たんじゃろうな?」
それきり、私も仁王も何も喋らなかった。
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