||間抜けな好奇心





夏には似合わない、冷えた空気が流れた。

その日はいつも以上に周囲が暑く感じられた。そんなに頑張って照りつける必要などないのに、全く太陽ときたら仕事熱心なのだから。私は白いギラギラとした光を睨みつけるように軽く見上げて、吹き出る汗を手で拭った。
パレットよし、絵の具よし、バケツよし、筆もよし。忘れ物はない。人通りのない廊下を逸れ、あまり使われていない校内外の出入り口へと向かった。美術室から近いわけでもないこの場所をわざわざ使用する理由は、写生場所に近いことと、人がいないから。この絵を見られないように、この絵を見られない為に、私はひっそりと廊下を進んでいく。

(・・・ん?)

がら、と奥の扉が開いた。まさに私が今から向かおうとしている、例の出入り口だ。人がいるなんて珍しい。そういえばこの出入り口は、前に土砂降りにあった時にも慌てて駆け込んだんだっけな。そんな事を思い出していたら、その扉を開けた人物は長い黒髪を揺らしながら私の横を通り過ぎていった。今の人には見覚えがある。・・・確か、

――パァン

乾いた音が脳内に響いた。そう、たしかこの廊下の反対側で、仁王の頬を叩いていたあの女子生徒だ。私はそれに気付いてゆっくりと振り返り、その女子生徒の行く先を見つめた。躊躇いなどないように、まっすぐと進んでいく彼女は、後姿ですら美しいと思えた。仁王と何があったかは知らないが、まぁただの友達と言うわけではなかったのだろうと思った。

絵を持っていつもの場所で腰を下ろすと、絵への執着が沸いて、やる気が湧き出るのと同時、余計なことへの集中力も増した気がした。例えば辺りの草をやたらと抜いてみたりだとか、変な考えに頭を巡らせたりとか。
絵の具をすくって、キャンバスにのせる。色塗りは半分と少しの所まで進んだ。明日辺りから引退製作にも本腰を入れ始めなくてはならないから、1週間ぐらいで大体完成に持ち込めるだろう。雨が降らなければ、だが。

「よー、やってるのぉ」
「・・・仁王さん」

私は少し驚いたように顔を上げた。なんとなく、今日は来ない気がしていたのだ。というか来ないで欲しかった、というのも心情かもしれない。絵を隠すように自分の方へ伏せ、彼に向き直れば、にこにことした笑顔と視線がぶつかった。

「そんなに必死になって隠さんでもええと思うんじゃが」
「・・・見られたくないんですよ。特にあなたには」
「なんじゃ、それ。嫌われとるのぉ」
「いえ、そういうわけでは・・・・・・」

続けようとして、はたと言葉を止めた。別に否定する必要もないのではないかと、そんな風に思考がまわったからであった。そうすれば、少しはこの絵への興味が削げるかもしれない。しかしどうやらそれは逆効果だったようで、一体何の絵を描いとるんじゃ?と仁王は考え込むように腕を組んでしまった。余計なことをした、と私は溜息と同時に後悔した。

「・・・そうだ。仁王さん、恋人はいないんですか」

彼の絵への興味を逸らそうと、話題を振ろうとして、私はまたも後悔した。どうして、よりによってその話を選んでしまったのだと。仁王がゆっくりと顔をあげる。彼は特にどんな表情を浮かべているわけでもなかったが、明らかに冷めた顔をしているのは確認せずともわかった。

夏には似合わない、冷たい空気が流れた。先ほどまであれほど暑いと感じていたのが嘘のようだ。肌をするりと冷えた空気が抜けていく。私は声を振り絞って、すみません、なんでもないです。と今更のように言った。仁王は相変わらず無言だった。

「・・・そんじゃ、俺はそろそろ帰るぜよ」
「は、はい」
「また来る」
「来なくて良いです」

私の声に、仁王は快活に笑った。私はその後姿を緊張と共に見つめ、そうして大きな溜息をついた。とにかく、仁王を怒らせずに済んでよかったと、それだけを考えていた。

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