||キャンバスの彼





これが私の見ていた景色だと、私は彼に告げた。

3日後になって、私は思った以上に落ち着いた心もちでいた。絵を描く準備をしている間も、いつもの場所に向かっている間も、絵が完成するまでのわずかな間までも。ただようやくできあがったそれを見つめて、私は満足のような、寂しく思うような、嬉しいような感情に包まれていた。
絵は壁の方に向けて立てかけておいた。こうすれば絵の具も乾くだろうし、他の人に見られる心配もない。仁王が来ても、勝手に見ることはないだろう。私は片づけをしながら、ただ彼が来るのを待っていた。

「よっ。今日はもう、片付けとるんか」
「仁王さん」

私はそちらに顔を向けた。仁王は穏やかな笑みを浮かべていて、私はそれに少しだけ唇をきゅ、と紡いだ。パレットを洗うのは一度やめにして、タオルで自分の濡れた手を拭く。それからキャンバスに歩み寄って、それを裏返した。

「・・・!」
「どうぞ。約束ですから」

仁王に差し出せば、彼は驚いたように目を見開いて固まっていた。しかしやがて、そろそろと手を伸ばし、キャンバスを受け取る。驚いているのも無理はないと思った。彼はずっと、私が風景を描いていると思っていたようだし。

『ここから、何が見えるんじゃ』
『私が見ているものが見えます』

いつだったか絵の事を聞かれた時に、そんな風に答えたことがあった。その時は、建物や自然が見えると後付のように答えたが、本当に見ていたものは違う。そのキャンバスに描かれているものこそが、・・・本当に、私のここから見ていたものなのだ。

「・・・聞くまでもないが、これは・・・・・・」
「ええ、仁王さんですよ。似てますか?」

冗談めかして小さく笑って見せれば、仁王は苦笑いを浮かべた。ただキャンバスに描かれた「自分」を見つめ、言葉に表せない驚きを噛み締めているように見えた。

彼の銀髪を描くのが大変だった。彼の金色の瞳を描くのが楽しかった。彼の背後にある夕焼けを塗るのに苦心した。そしてなによりも、彼を見ることが、好きだった。

「・・・仁王さん?」
「ったく・・・、ほんまに、敵わんよ」
「え・・・、」
「なぁ、高梨。俺は・・・」

仁王は私を見つめた。それからキャンバスを持っていないほうの手で私を引き寄せ、抱き締めた。

「俺は、おまんが好きじゃ」
「・・・仁王、さん?」

さわさわと風が流れた。太陽が木漏れ日の奥でかがやいた。空が青かった。部生の声が遠くで小さく聞こえた。

・・・一瞬、そんな当り前の事に、思考がとまりそうになった。夏だというのに抱き締められている温もりが暖かくて、それになぜか泣きそうになった。仁王が笑って私の頭を撫ぜる。私が何も言わないのを良いことに、彼は好き勝手話し始めた。

「最初にお前さんを見たのは、今年の春じゃった。階段のとこで絵を見とるお前さんを見て、一目惚れした。後からその絵を俺も見たが、あまりにも綺麗で、そしてそれを描いたのがお前さんだったと知った時は心臓が止まるかと思うぐらいびっくりした」
「・・・絵はっ、描いた人に、似るんです」

ず、と鼻をすすって、零れ落ちた雫がばれないようにと願いながらそう強がった。仁王は全部わかっているようで、私の言葉にクスリと笑った。

「次にお前さんを見たのは、部活中じゃった。グラウンドの隅で何かを描いてるお前さんを見た時、心底驚いたよ。・・・もう、会えないと思っとったからの。そっから先は、お前さんも知るとおりじゃ」

仁王はそこまで言うと、私を抱き締める力を一層強めた。私はそれを無言で受けながら、静かに涙を彼の肩に落とした。濡れてしまうのは申し訳ないと思ったが、そもそも仁王が抱き締めているのが悪いのだと言い訳して、ただただ涙を流した。

「のぉ、高梨」
「・・・なんですか」
「返事をもらっとらん気がするんじゃが・・・・・・」
「・・・・・・仁王さんは、意地悪ですね」
「知っとるじゃろ?そんなん」
「はい、知ってます。意地悪で、かっこよくて・・・、でも、私にとって、大切な人です」

そこまで言って、私は顔をあげた。仁王も抱き締める力を緩めて、私の顔をしっかりと見返した。泣いているから、酷い顔をしているんだろうとは思ったが、あまりそれは気にしないことにした。

「仁王さん」
「おん」
「・・・私も、好きです」

ようやく涙を止めた私に仁王は綺麗に笑って、それからまた、私を抱き締めてくれた。私はその暖かさを実感しながら、そっと目を閉じた。


END


(キャンバスに描かれたその人を思いながら、私は再び筆を握った)
(今度は、私たちのその未来を描いていこう)

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