||被害





ばっしゃぁぁぁん。

もう、何度目だろうか。すでに見慣れはじめたその光景に、私は怒りというよりは呆れに近いものを覚えた。今回の被害者も、以前と同じくテニス部の一員であるが、それは私もよく知る人物だった。

「……仁王君」

眼鏡のせいでよくは見えないが、恐らくとても冷めた表情をしているのだろう。被害者――柳生さんは、廊下の影からこちらを伺う銀髪の彼を見ないまま、その名を呼んだ。私がそちらを見ると、彼は恐ろしいものを見るかのような目で柳生さんを凝視していた。柳生さんが静かに一歩を踏み出す。仁王さんが一歩後ずさる。

次の瞬間、仁王さんは脱兎の如く逃げ出した。

それを私は呆然と見つめ、それからやがて、我に帰った。柳生さんに声をかけようとしていた右手をおろし、改めて、柳生さんの背に声をかける。

「あ、あの。柳生さん」
「……おや、関さん。これはお恥ずかしいところを見られてしまいましたね」

クスリ、と穏やかな笑みを浮かべる彼は、至って普段どおりである。さきほどの冷えた空気はどこへやら、私はそれにほっと安堵の息を漏らした。……って、違う。それどころではない。

「だ、大丈夫ですか……?」
「ええ、まぁ。かなり濡れましたが」
「保健室に行かれた方が……」
「ええ、わかっています。ですが、先にここを片付けてしまわないと。まさか貴女に押し付けるわけにはいきませんし」
「で、でも……」

私は困ったように彼を見つめた。ぐっしょりと濡れた髪は、見ているこっちが心配になるほどだ。柳生さんはこちらを見て、それから自分の身体を確認した後、苦笑気味に笑みを零した。
彼はポケットからハンカチを取り出すと、それまで外したところは一度も見たことがなかった眼鏡を取り、水を拭き取り始めた。その様子に、一瞬ぼうっとなる。はじめて見る彼の切れ長な瞳に吸い込まれそうになった。水も滴るなんとやら、とはまさにこのことだ。
しかしすぐにはっとなり、慌てて自分もポケットからタオルハンカチを差し出した。薄い布地のハンカチよりは身体を拭くのに使えるはずだ。彼は差し出されたそれを見て、驚いたような顔をした。しかし、ずい、と私が無言でそれを押し出したのを見て、微笑みながら受け取ってくれた。

「あの、やっぱり、保健室に行ってください」
「ですが……」
「大丈夫ですから。柳生さんに無理に手伝ってもらうほうが申し訳ないです」

気持ちがしっかりと伝わるように、強い口調でそう言う。柳生さんが目を細めて微かに微笑んだ。

「……これはお借りしても?」
「あ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます。明日、洗ってお返ししますね」
「……はい」

一度綺麗に微笑んで、柳生さんは背を向けて去っていった。そんな彼を、私は少し興奮したような気持ちで見送る。はじめて見る彼の新しい一面に、ドキドキとせずにはいられなかったのだ。

(私……、)

もしかしたら、と思いをめぐらせて、かぁっと顔を熱くした。

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