||失敗





その次の次の日。私はまたも、同じ場所で同じ事件を目撃してしまった。

ばっしゃぁぁぁぁぁん。

目の前で起こった惨劇に、私はまたも呆然とその場で立ち尽くした。今回のは特に盛大だ。なんたって、目の前の人の頭にすっぽりとバケツがはまったばかりか、全体的にベショベショで、水分95%を軽く突破したのではないかと思うくらいに全身ずぶぬれにしてしまったのだから。どうやらただバケツを落とすだけの悪戯では飽き足らず、更に磨きをかけてしまったようだ。それもダメな方向に。
男の人に被ったバケツを、ゆっくりとその人が外す。幸い今回は金属製でなくプラスチック製のバケツを使用していて、頭の方は無事なようだった。しかしそれよりも怖いのは、その黒髪の人が「無言」でいることで。

「さ、さな……」

銀髪の人……仁王さんが青い顔をして後じさりする。黒髪の被害者さんが一歩踏み出した。

「ほう……、一体これはどういうことだ」
「いや、その……っ、プリッッ!!」
「待たんかぁッッ!!!」

脱兎の如く逃げ出した仁王さんを追いかけて、ちょっと老け顔っぽい被害者さんが物凄い速さで消えていく。廊下の奥から「たるんどる!」だの「キェェェェェ!!」だのものすごい声が聞こえてきて、私はもうそれに身震いするより他なかった。続いて聞こえてきた悲鳴は誰のものだったんだろう。考えないでおいた方が幸せかもしれない。
それにしても毎度のことながら、どうして私の目の前で悪戯が起こるんだ。

「バケツ、3つあるし……」

今まではひとつだったのに、今回は3倍。その分水量も当然ながら半端ではない。少し後ろの方にいた私にも水が飛んできたし、廊下のびしょぬれ具合も思わず呆れてしまう程だ。
誰もいない水浸しの廊下でため息を零しながら、けれど私はほんの少しだけ、期待していた。

近くのトイレから雑巾をあるだけ持ってきて、それだけでも足りなさそうだったからモップも用意した。トイレ用だけど、この際仕方がない。後で綺麗に拭きなおせばいいか、と半ば投げやりにそう決めて、重たい身体を動かした。

「おや、関さ……、またですか」
「柳生さん」

しばらくして期待通りに通りかかった柳生さんが、状況を見て顔を顰める。それから苦笑気味に手伝い始めてくれて、その姿に少し頬が緩んだ。

「今回の被害者はどなたで?」
「え、えっと……黒髪で、大人っぽい人です」
「あぁ、真田君でしょうか。仁王君も懲りないですね、しかもよりによって真田君とは」

クスクスと笑う柳生さんを見て、その一瞬の美麗な雰囲気にぱっと顔を逸らした。顔が少し熱くて、ドキドキする。別にミーハーとかではないけれど、やっぱり私も女なんだなぁと冷静にそんなことを思った。彼のファンである女の子達の気持ちが、なんだかわかるような気がした。
しかし「よりによって」とまで言うとは、あの真田という人はそれほどまでに怖いんだろうか。たしかに、見た目や声は怖そうだったけど。
……そういえば、朝に校門で風紀の仕事をしているのを見たことがあった気がする。あの容姿で風紀委員とは、恐ろしくて服装なんて乱せそうにないな。柳生さんも見たことがあるけれど、やはり彼も風紀委員ということなんだろう。

「それにしても、その場から立ち去らずにきちんと片付けるとは、あなたも物好きですね。私としては非常に助かるのですが」
「いえ、当然のことです……」
「全く、仁王君の悪戯には困ってしまいますよ。毎度後始末は私の役目なんですから……」

柳生さんは困ったように苦笑してみせたものの、その表情は穏やかだった。なんだかんだ言っても、仁王さんとは仲が良く、信頼を置いているということなんだろうと思う。私には彼らの仲など計り知れないが、そういう仲間がいるのは少し羨ましいなと思った。

「……そろそろ、良いでしょうか」
「そうですね。片付けは私がやっておきますので、関さんは教室へどうぞ。もうすぐ授業が始まる頃ですから」
「えっ、そ、そんな……私も片付けますよ」
「そういうわけにはいきません。私もちゃんと間に合うようにいきますからご心配なく」
「でも……」
「女性にこれ以上仕事を押し付けるのは、私としても心苦しいのです。ですから、関さんは教室へお急ぎください」
「……すみません、ありがとうございます」

押し負けたというか、照れ負けたというか。
穏やかに微笑む柳生さんに一礼して、私はぱたぱたと教室へ走って行った。その途中でふと、一昨日の礼をし忘れたことに気が付く。今回も途中で彼に任せてしまったし、我ながら意思が弱いな、と私は重たく溜息をついた。

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