||連続





ばっしゃぁぁぁん。

ちょうど目の前を歩いていた黒タマゴ頭の真上に、計算され尽くした動きでバケツが落下した。ただでさえツルツルに見える彼の頭がさらにてかりを増し……って違う違う。なんかものすごくデジャヴなんだけど、どういうことなの。
ガシャンとバケツが音を立てて彼の頭から落ちた。昨日と同じく、廊下の曲がり角から見ていた銀髪さんがガッツポーズの後に走り去って行く。大丈夫ですか、なんて言おうとした声はなんとも言えない脱力感のせいで言葉にならなかった。理由は単純明快、とても嫌な予感がしていたからに決まっている。

「……仁王ッ!!」

怒声と共に銀髪さんを追っていく黒タマゴ。残されたのは水浸しの廊下、そして昨日片付けたはずのバケツが。

「…………」

ツイてない。本当にツイてない。私は呆然とした顔を引き攣らせ、盛大な溜息を吐き出した。

昨日と同じように雑巾をトイレから取ってきて、ため息と共に膝をついた。乾いた雑巾を床に滑らせると、一瞬でびしょ濡れになって嫌になった。今日も道のりは長そうだ。
そういえば、あの銀髪さん。昨日はそんなことまで頭が回っていなかったけれど、一体なんの為にこんなことをしているんだろう。悪戯はともかくとして、やるなら人を巻き込まない手段で勝手にやっていてほしいものだ。いや、巻き込まれに行ってるのは私か。休み時間にふらふら歩いてなきゃ良かった。

「おや、あなたは……」
「あ」

頭上から聞こえた声に頭を上げると、昨日一緒に廊下を拭いてくれた茶髪のお兄さんの姿があった。眼鏡のせいで目は見えないが、優しげな顔をしている。その人は私の様子を見るなり困ったように溜息をついて、どこからともなく雑巾を取って戻ってきた。

「できれば答えはお聞きしたくないところですが……もしや、昨日と同じことが?」
「は、はい……。今日は、赤髪の人じゃなくて、黒タマゴさんでしたけど」
「黒タマゴ……、ジャッカル君のことですか? 全く、仁王君ときたら……」

怒っているような、苦笑いをしているような。そんな表情だった。私は彼の整った顔立ちを横目に見つめながら、右手を動かす。
今出てきた2つの名前には聞き覚えがある。ジャッカルと、仁王。どちらもこの学校では有名な、男子テニス部のレギュラーの名前だ。そんなに多い名前じゃないからまず彼らとみて間違いないだろう。噂に聞くとおり仁王さんは銀髪で、ジャッカルさんは……、うん。それはともかく、もしかして昨日の赤髪の人は丸井さんだったのかもしれない。彼もまた、レギュラーの一員である。

「あの、手伝っていただいてありがとうございます」
「いえ、当然のことですよ。こちらこそ、仁王君が迷惑をかけてしまってすみません」
「仁王……って、あの、どうしてあなたが謝るんですか?」

私が訝しげに首を傾げると、茶髪のお兄さんはほんの少し驚いたような顔をした。しかしすぐに苦笑するように笑って、口を開く。

「私はテニス部に所属しているですが、仁王君はダブルスのパートナーなんですよ」
「ダブルス……って、ええ!?じゃ、じゃあ、あなたは柳生比呂志さん?」

彼はうなずき、自己紹介が遅れてすみません、と穏やかに笑ってみせた。茶髪のお兄さんもとい柳生さんは雑巾をバケツに絞ると、バケツを持って立ち上がった。もう十分に拭いて綺麗になったし、片付けてしまうつもりなのだろう。しかしバケツの中には私の使った雑巾も入っているから、このまま片付けてもらうというのはなんだか心苦しい。そう思って私も一緒に立ち上がった。

「あぁ、構いませんよ。元はといえば、私のチームメイトの不始末ですから。私が片付けておきます」
「で、でも……」
「……そうですね。でしたら、私が片付ける代わりに、あなたの名前を教えていただけませんか?」
「え?」

驚いて目を丸くする。柳生さんはただただ綺麗に微笑んだ。

「私は、関まことですけど……どうして名前なんか、」
「関さんですか。では、またお会いできたらお話しましょう」
「や、柳生さ、」

私の呼び声には微笑みばかりを向けて、柳生さんはさっと踵を返してしまった。結局バケツも雑巾も持ったまま廊下の角に消えてしまう。行っちゃった、と呟く私の声には例の如く誰も返してくれないわけで。
チームメイトの不始末がどうとは言っても、一応彼には片づけを手伝ってもらった身だ。それなのに後始末を押し付けてしまったことが、蟠りになって心に引っ掛かる。

「今度会ったら謝ろう」

私はそう心に誓って、その場を後にした。

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