||初春


※この作品は「ウォーター・パニック」の番外編です。
極力本編を読まれた後での閲覧を推奨いたします。


『好きです。関さん』

そう告白を受けて、何日流れたことだろうか。
特別なことなど何もない、ただただ平凡だった私の毎日は、あの日を境に実に大きな変化を遂げてしまった。悪戯の件のことも然り、私のような地味な女が柳生という「みんなのアイドル」の一人と付き合うことになったのはあまり歓迎される事態ではなかったらしく、嫉妬に狂った(笑)お姉様方から何度も呼び出しのお手紙をいただいた。いや、何度も、というと御幣があるかもしれない。ここ2週間で100件もの、と言ったほうが、実際のその凄まじさはより的確に伝わるだろうか。
先ほども「屋上に来い」だの「体育館裏に来い」だのと告白まがいを疑う呼び出しを3件ほどスルーしてきたところで、いいかげん、ゴミ箱に呼び出しの紙をシュートする毎日には飽き飽きしてきていたりする。さすがに2週間も経てば私が呼び出しに応じないことを素直に悟った面々も多く、呼び出しは少なくなってきていたが、それでもしつこく紙を送って来る連中はまだまだたくさんいた。たぶん、私がゴミ箱に捨てているところも影から笑ってみているだろうに、なんとまあ諦めの悪いことか。
しつこい人は嫌われちゃうよ、と誰にともなく呟いて、2週間音沙汰なしの彼氏(?)の顔をふと思い浮かべた。当然告白をオーケーしたからには好きなわけだが、こうも何もアクションがないと、その気持ちにも不安や鈍りが出てくるもので。

(柳生さん、元気かな)

出てくる心配はもはやそのレベルである。彼の状況が全くもってわからないのだから仕方がないが、幾つか教室を跨げば会える近距離恋愛をしているカップルにしては、ずいぶんと他人行儀な心配事ではあった。

「あ、ねぇ、ちょっと、あなた関さんよね?」
「……いえ、違いますけど」
「違うわけないじゃない。シラを切らないで」
「本人が違うって言ってるのにどうしてそう言いきれるんですか。そこまでの自信があったのなら最初から聞かないでください。私は関じゃなくて佐藤です」
「……そ、そう。それはごめんなさいね、佐藤さん」

回避成功。もちろん私は彼女らのいう関その人だが、彼女らの相手をして良いことが起こるとはとても思えなかったので、少々彼女らには騙されてもらうことにした。っていうか、顔も知らない相手に集団で寄ってたかって、一体何をするつもりだったんだろうか、彼女らは。

「関さん」
「――だから私は佐藤だって……、あ、」
「お久しぶりです。それともはじめまして、と言い直すべきでしょうか、佐藤さん?」
「あ……、その、」

にこり。柳生さんが微笑んだ。





背後に流れていく喧騒。ぱたぱたと追いかけてくる煩わしさ。
午後の授業を数分後にひかえ、人もまばらになった廊下を、私たちはふらふらとさ迷うように歩いていた。この付近に特別教室以外の部屋はなく、そういった部屋の利用者でもなければ、この時間にここにいるのは明らかにサボりか部外者である。私たちは間違いなく後者ではないので、必然的に前者へと落ち着いてしまうわけだ。つまり初々しいカップルが、一緒に授業をさぼってしまおうというのである。あまり褒められたことではないがそれでも、私は柳生さんがこうやって何かに自分を誘ってくれたことが嬉しかった。

「それで、佐藤さん」
「……やめてください、あれはあの子達が鬱陶しかっただけですから」
「クス、冗談です。私のせいでご迷惑をかけてしまっているようで、すみません」
「……それは、仕方がないです。柳生さんと一緒にいられるなら、それくらいは安いものですから」

そこまで言って、自分がとても恥ずかしいことを言ったことに気がつき、顔を赤くして俯いた。柳生さんが微笑む。そっと頭を撫でられた手は優しいが、勇気を出して見上げてみると、彼もまた、照れたように顔を赤くしていた。

「柳生さん、顔赤いです」
「関さんこそ」

お互いに見つめ合い笑い合い。その内にとうとうチャイムがなり、2人のサボりは確定事項となった。嫌いな先生の授業だったので全くもって構わないのだが、柳生さんは少し申し訳なさそうにこちらを見ていた。私が良いといったから良いのだ。たまにはくそ真面目を卒業して、こういうのもいい。彼が気に留めることではない。

「なかなか、こうでもしないと関さんとゆっくりお話できなくて」
「もうすぐ大会でしたよね」
「えぇ。関さんに会いに行きたいのですが、行こうとすると女子の方々に邪魔をされてしまうのですよ」

どうりで、忙しいにしても音沙汰がなさすぎると思った。優しい彼のことだ、話しかけてきた人を無下にすることもできずに、その女子たちの「邪魔」にことごとく捕まってしまっていたのだろう。とりあえず会いにこようとはしていたことがわかっただけで満足である。

「関さん」
「はい?」
「好きです」
「……え、あ、」
「ですので、普段会いづらい分、今の内にたくさんお話したい」

柳生さんが微笑む。何気なく触れられていた左手が、彼の手によって温かく包まれる。ドキリ、と心臓が大きく跳ねた。

「顔、真っ赤ですよ」
「わ、み、見ないでくださいっ!」
「じゃあ、せめて、手は繋がせてください。あなたとずっと一緒にいたいから」
「う……、は、い」
「ふふ、関さんは可愛らしい方ですね」
「……柳生さんこそ、かっこよすぎです。ずるいですよ」

お互いに背けあった顔は遠く、その距離も中途半端に間があいている。けれどそれをぎこちなく繋ぐふたりの手が、確かに相手が隣にいることを教えてくれていた。





――――――――――――
10万hit企画リクでした。

ちょっとでもニヤニヤしていただけたらいいな、と。ニヤニヤした方はお手元のニヤットボールを管理人に投げつけてやってください。いてて。

リクエストありがとうございました!

2013/5/15 repiero (No,129)

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