||脇役の思考回路


※この作品は「ウォーター・パニック」の番外編です。
極力本編を読まれた後での閲覧を推奨いたします。


セッティング良し、ターゲット良し、逃げる準備……よし。

「完璧ぜよ」

いつもの廊下の角から今回のターゲットである柳生を確認し、ふぅ、と息を吐く。あとはタイミングに合わせてうまく仕掛けが作動すればオッケーだ。

「……ん?」

ひたすらターゲットが罠にかかるのを待機していた俺は、ふとターゲットとは別の声が聞こえてきたことに気がついた。どうかしたのかとそちらに顔をのぞかせる。するとなるほど、柳生が誰か女子生徒と話していた。あの女は前にもどこかで見た覚えがある。たぶんすれ違ったとかそんな程度だろうが、柳生と仲が良かったのだろうか?

「お久しぶり、です」
「ええ、お久しぶりですね」

無言。女子の方は目が泳いでいて、柳生も若干困った様子である。以後しばしの間どちらも何か喋る様子はなく、それを待つ間、少しでも苛立たなかったかと言われれば否定はできない。柳生のヘタレ。
と、思ったら女子が先に口を開き、なんとか会話へとつながった。柳生のほっとしたような笑顔が完全にヘタレにしか見えなくて笑える。しかしここで笑ったらバレる上に悪戯も失敗しかねないのでなんとか堪えた。偉いぞ、まーくん。

「――そうなんですか、私もです。……あの、少し、一緒にいても構いませんか?」
「ええ、もちろんです」

ようやく二人が動き出した。俺は慌てて体勢を整え、二人がこちらに近付いてくるのを固唾を呑んで見守る。このままだと女子の方を悪戯に巻き込みかねないが、あのまままっすぐいけば直撃するのは柳生。なんとかなるだろうか。

……そう思っていたのが甘かったのかもしれない。

「……あっ、」

ばっしゃああああん。

真下に捉えた人物の頭を目掛けて、仕掛けが今回も素晴らしく順調に順当に作動し、大量の水を入れたバケツを落下させる。水がターゲットの頭上にかぶさる。濡れる。バケツが音を立てて、床に、落ちて、

「…………」

やって、しまった。

仕掛けが作動する直前、柳生の携帯に電話をかけたクソ野郎(ちなみに幸村だった)を俺は怨みたい。精一杯怨みたい。なぜならその電話のせいで柳生が足を止め、かかるはずだった罠にかからず、代わりに悪戯の餌食となったのは――

「仁王くん」

ドキリ。心臓が跳ねた。
穏やかな、しかし明らかに温度の低い声音が鼓膜を震わし、それにいつも彼に抱く嘲りに近い感情は完全に吹っ飛び、圧倒的な恐怖に見舞われる。ぞくりと背筋が泡立つ。
なにかを言わんと口を開きかけていた女子は慌てて背後を振り返り、こちらを見つめているのであろう柳生の方を確認している。漂ってくる冷えた空気は、明らかに彼の怒りを表していて。
柳生が一歩踏み出す。ぞわっ、とまた寒気が走って、俺は慌てて影から飛び出た。真っ向から柳生の姿を見る。えっと、こんなときはなんだ、ええと……そう、そうだ言い訳だ。

「ちっ……、違うんじゃ柳生!これには深い事情が「仁王くん」すっ、すまんナリ!!」

我ながら情けない悲鳴が上がり、尚も近づいてくる柳生からどうやって逃げ仰せるかを全神経でもって考える。

「わかっていますね?仁王くん」
「!」
「このことは幸村くんにもお話させていただきます。それと……」

ごくり。唾がなった。

「後で私とも、ゆっくり、お話しましょうか」

ははは。もう、乾いた笑みしか出てこなかった。
今しか自分の逃げるチャンスのないことを悟った俺は、すぐさま脱兎の如くその場から逃げ出した。後を追ってくる様子はなかったが、それでもあんなやつの近くにいたくなかったので、しばらく校内を走って逃げ続けた。

「ひ、酷い目にあったぜよ……なにが紳士じゃ、やーぎゅのくせに……ん?」

ぶつぶつと文句を垂れながら自分の教室に戻ろうと歩いていると、不意に携帯がなった。こんなときに誰だ、と携帯を開いて反射的に閉じる。表示された名前を再確認するため、また携帯を開く。閉じる。

「ゆ、幸村じゃ……」

出たくない。とても出たくない。でも出なかったら出なかったで後で殺される。

「も、もしも……」
『あぁ、やっとでた。もしもし、俺だけど』

ほんの僅かな間。電話越しの幸村の明るい声音に、恐怖を感じるには十分な時間だった。

『今すぐ、部室においで。逆らったら許さないから☆』
「え、」

聞き返す間もなく通話が切れ。そこまできて自分のおかれた非常に不味い状況を理解し。

「……は、早よう部室行かんと」

蒼白になっているであろう顔面を強張らせ、俺は再び脱兎のごときスピードで部室へと走り始めるのだった。
――――――――――――
仁王視点での番外編、ということで。
10万hit番外編フリーリクエスト企画でリクをいただけましたので、書いてみました。

リクエストありがとうございました!

2013/5/12 repiero (No,128)

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