||困惑





その翌日の昼休みになると、柳生さんが私の教室までやって来た。ちょうど教室を出ようかと思っていたタイミングで彼と出くわし、私は少し驚いたような気持ちでいた。

「こんにちは、関さん」
「こ……、こんにちは」
「これをお返ししにきました。おかげで大変助かりましたよ」
「あ、いえ……それは別に……」

私がごにょ、と口篭ると、柳生さんは首をかしげて「どうかされましたか?」と声をかけてきた。慌ててなんでもないと言って首を振り、話題を切り替えようと口を開いた。

「そういえば、私のクラス、知ってたんですね」
「あぁ、柳君に聞いたんですよ。彼もテニス部の人間なのですが……ご存知でしょうか?」
「柳……、蓮二さん?」
「ええ、そうです」

柳さんと言えば、たしかデータテニスがどうとかいう人ではなかったか。なるほど、彼ならば一生徒のクラスを調べるのは造作もないことであろう。私が納得したようにうなずくのを見て、柳生さんは少し可笑しそうに微笑んだ。

「では、私はこれで」
「あ、はい……。わざわざ、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」

柳生さんはぺこりと頭を下げると、そのまま廊下を歩き去っていった。私はその背を見送り、それから手元に残された袋を見て、ふ、と溜息を零した。





その日、私は部活に参加しなかった。別に気分が優れなかったとかそういうわけではなくて、早く家に帰らなくてはいけない用事があったからであった。今日は両親とも帰りが遅いので、ひとりっ子の私は夜遅くまでひとりになる。「私が帰ってくるまでに洗濯と晩ご飯を済ませておいてちょうだい」というのが母からの伝言で、それに従うために早めの帰宅をするというわけだった。

「……?」

帰り道、学校の敷地沿いを歩いている途中で聞こえてきた轟音に首を傾げた。なんの音だろう、というのが最初の感想だが、次の瞬間には答えが出た。恐らくテニス部の練習の音だ。

「っるさ」

彼らの努力と汗だくの青春をその一言で片付けてしまうのは自分でもどうかと思ったが、それ以外に思うことなど特にない。しかしほんの少し、柳生さんもこの音の中で練習しているのだろうかと気になったりしないでもなかった。

(……ちょっとだけ)

ギャラリーの隙間を縫って、テニスコートをのぞき見る。途端に凄まじい光景が広がった。一瞬、これは本当にテニスなんだろうかと疑いたくなる。だって、ただのラリーの時点でボールがほとんど見えないってどういうこと?……あ、良かったレギュラー以外は普通だ。

「……あ……」

練習する部員たちの中に、柳生さんの姿が見えた。銀髪の人……仁王さんとなにやら話している。ダブルスをやる時の相談なのか、しばらく彼らは話し合いをした後、ラケットを持ってコートに入っていった。その時、ふと柳生さんがこちらを見る。ギャラリーに埋もれるようにして練習を見ていた私に気がつくと、一瞬驚いたような表情をして、それからすぐに柔らかく微笑んだ。途端に周りにいたギャラリーたちが沸く。

「今の私に笑いかけてた!!」
「いやアタシ!!」
「何言ってんのウチに決まってんじゃん!?」

ぎゃーぎゃーわーわー。すごい言い合いだ。そのうるささに眉を顰めつつ、もう一度柳生さんの方を見ると、彼はすでに、仁王さんとの打ち合いをはじめていた。

(……今のは)

たぶん、私にだよね?
ゴクリと唾を飲み込んで、きゅ、と手のひらを握り締める。しばらくその場で柳生さんの姿を見つめたあと、はっ、と早く帰らなくてはいけないことを思い出し、足早に帰路についた。

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