||心中の心得


「一緒に死なない?」

そう言って微笑んだ私に、景吾が眉を寄せる。彼は不満げな顔をしていた。

「・・・どういう意味だ」

カラン、と氷が音を立てる。メイドさんが持ってきてくれたオレンジジュースは、まだ一口、二口ほどしか口をつけていない。
そっとストローに口付け、そのオレンジ色の甘い液体を吸い上げる。普通のものより断然美味しいのに、それはこの微妙な空気のせいで少し味気なく感じられた。
学校帰りに景吾の家に寄って、ジュースを飲んで、2人で喋って。いつもと変わらないはずの放課後は、時たまその形を崩す。
何が原因って、勿論私。私が気まぐれで「ワガママ」を言うから。でも、今日のものは一味違う。だから彼の様子も私の意気込みも、いつもとは少し違うのだ。

「どういう意味って、まぁ、そういう意味だよ」
「それがわからねぇんだよ」
「・・・はぁ、あんたはいつからそんなお馬鹿さんになったの?」
「アーン?・・・、」

何か言おうとして、景吾が口を閉じた。彼も「わからない」わけではない。むしろきっと、"わかりすぎる"程に理解しているはずだ。
しかしそれでも彼が「わからない」と口にするのは、単に自信がないとか、そういう理由ではない。第一彼の性格上、それはありえない。じゃあ、何故彼は首を横に振り続けるのか。

「・・・ねぇ」

クス、と笑って口を開く。景吾は顰め面を崩さない。私はニヤニヤと笑みを浮かべてそれを見つめるだけ。死を恐れる彼を。
別に私だって本当に死にたいわけじゃない。そんなんだったら勝手に死んでる。恋人だからって景吾を巻き込んだりはしない。でもこうやって嘘をついて、景吾を困らせるだけならば大歓迎だ。彼は見ていてとても面白いから。

「私と死んでくれないの?」

クスクスと笑う。しかし彼は表情を崩す事無く、ただ静かにこちらを見つめてくる。どうやら何も言う気はないらしい。・・・あぁ、つまらない。だったらもう少し悪戯してやろうかと、私はガタリと席を立った。
景吾の視線が私を追う。

「どこに行くつもりだ」
「景吾が来れないところ」

何の引っかけでもない、ただトイレに行くだけだ。でもこういう言い方をすれば、きっと彼は色々模索する。そうして恐らく「あの世」という考えに至り、慌てるのだ。前に似たような事をやった時も景吾は見事に引っかかってくれた。
でもその時は馬鹿な事やってんじゃねぇとたしなめられただけで終わり、唇を尖らせたのを覚えている。それは毎回変わらない。きっと今回も同じだ。彼は私の嘘をきっと見抜いているだろうから。

「・・・舞」

案の定景吾は追いかけてきた。私の手をとり、振り返らせる。もう捕まっちゃった、なんてのん気に考えていた私は、彼の足がずんずんとどこかへ向かっていくのに少し驚いた。私を引っ張って、無言のまま景吾は歩く。どこに行くの、という問に答えはない。

「ねぇ、景・・・」

ばん、と少し乱暴に扉が開いた。そして飛び込んできた光景に、少し目を見開く。そこは屋上だった。どうしてここに連れて来たのかはわからない。でも景吾は気にせず進んでいく。そうしてフェンスに手をかけて、私の方へと振り返った。

「俺が死ぬのを嫌がっていると思っているのか?」
「え・・・」
「・・・あぁ、俺は確かに死ぬのが怖い。だがお前と一緒なら、別に構わねぇ」
「・・・な、なに言って・・・」
「それでもNoと答えるのは、まだお前と一緒にいたいからだ。・・・その意味、馬鹿じゃねぇんだからわかるよな?」

いつになく真面目な顔をして景吾が言う。どくん、と心臓が高鳴った。

「舞」

うるさい程に心臓が早鐘を打つ。景吾の次の言葉を待つ心は、死なんてまるで望んでいなくて。でもまぁ、景吾と一緒なら確かに構わないよなと思った。目を少し見開き、頬を硬直させた状態で、私は景吾をまっすぐに見つめる。そらせなかった。

「・・・俺と死にてぇか?」

にやりと、景吾が笑う。怪しく、悪戯っぽく、それでいて楽しげに。
そしてそれに小さく笑って、彼の首に両腕を回した。まだ私は彼と一緒にいたい。きっとそれはいつまでも変わらないもの。


中の


――――――――――――
短編1作目です。
イケメン跡部さんを書きたかった。

2012/2/3 repiero (No,1)

[4/8]

[一覧に戻る]
[しおりを挟む]

[comment]

[back]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -