||君と


ある寒い日のことだ。
窓の外で音もなく降りしきる雪を眺めていた私は、突然のノックの音に振り返った。まだ辺りは明るいが、それでも普段、人が尋ねてくるような時間ではない。心当たりもなく、ただなんとなく「彼かな」と予想する。それ以外に尋ねてくるとしたら、配達員かストーカーか、そのくらいだ。ふ、とため息を吐いて、夕焼けに染められた雪を最後にひと目見てから、立ち上がって玄関の方へと向かった。

「蓮二?」

ドアスコープを覗くこともせず(自分にストーカーがいるとは思っていない)、扉を開ければやはり蓮二がそこにいた。私を見て少し微笑み、こんばんは、とまだ時間帯的には早いような挨拶をしてくる。それに習って同じように微笑んで返し、彼を室内に通す。リビングへ向かいながら、雑誌が乱雑に置かれたテーブルを見て、掃除しとけば良かったかな、と若干の後悔を滲ませた。まぁ、私の部屋が汚いか綺麗かだなんて、彼にしてみれば来る前から想定済みの事態なのだろうけれど。

「今日は、どうしたの?」
「特に用事があったわけではないが・・・、久しぶりに、会いたくなった」
「・・・そっか。私もそろそろ寂しくなってたところだよ」

蓮二は私の恋人だ。付き合って・・・もう何年だろう?忘れてしまったが、1年や2年という短い付き合いでないことは明らかだった。たしか彼に最後に会ったのは1ヶ月前で、別れ際に、これから仕事が忙しくなる、と言っていたのを覚えている。その言葉どおりに彼と会う機会はなかなか設けられず、そしてそのまま今日に至るというわけであった。

「仕事、まだ忙しいの?」
「あぁ。新しい企画を任されているんだ」
「へぇ・・・、成功すると良いね、なんて、蓮二には関係ないか」
「今のところ、失敗する確率は28%だ」
「うへ、リアルな数字。まぁ、頑張って」
「あぁ」

蓮二は微笑み、私のひたいに触れるだけのキスを落とした。甘えるように彼の肩に頭をもたれれば、優しく撫でられる。幸せだな、と素直にそんなことを思った。彼はどう思っているのだろうか。私と同じく、そう思ってくれているのだろうか。

「おまえが、今俺がどう思っているかと考えている確率・・・76%だ」
「えっ、なんでバレたし」
「お前の考えることなどお見通しだ」

と、彼は笑い、それから「俺も幸せだよ」と囁くように言った。頬が熱い。彼とは何年も一緒にいるのに、そんな些細なことが嬉しくてたまらないのだ。

「なぁ、舞」
「・・・んー?」
「そろそろ、結婚しないか」
「・・・・・・、あ、えっ?」

あまりに自然に、そして唐突に持ち出されたその話題に、まどろみかけていた脳が一気に覚醒する。がば、と身体を起こし、蓮二を目を見開きながら見つめる。彼はいつものように静かに優しく、私の方を見ていた。特別なことなど、何も起きていないとでも言うように。

「今、お前は何歳だ?」
「え?あ・・・と、25、かな」
「そうか」

これまた突然、話が切り替わった。一体どういうつもりか。彼は僅かに首をかしげ、何かを考える素振りをした後、ふっ、と口端を持ち上げた。

「100歳まで、あと75年、だな」
「・・・えぇ?いや、そうだけど、え?」
「だから、あと75年はお前と一緒にいられる」
「・・・・・・え?」

はた、と動きが止まった。私の目は彼の閉じられた瞳を凝視する。

「100歳になったら、お前も俺も、皺まみれの老人になっているだろうな」
「・・・う、うん」
「そうしたら、何をして過ごす?園芸か、今のように窓の外を見て過ごすか、ご近所さんとの話に花を咲かすか」
「蓮二?」
「でも、その何をするにも、俺と一緒だ」

彼がこちらを見つめ、優しく微笑んだ。私が何も言えずに固まっているのを良いことに、彼は手を伸ばして私の髪をすくいあげて遊ぶ。額にまた触れるだけのキスが落とされて、顔に熱が集まっていくのがいやでもわかった。

「100歳まで、もしかしたらもっと短い、あるいはもっと長いかもしれないが、でも死ぬ時まで、お前と一緒にいたい。お前が皺くちゃになっても、窓の外を眺めなくなっても、俺のことを好きじゃなくなっても」

蓮二が言葉を紡ぐ。私の頬に、そっと触れたまま。

「舞」
「・・・っ、は、い」

もう、自分でもよくわからない、色々なものが込み上げてきて、視界はぐしゃぐしゃだった。それでも必死に、涙が零れ落ちないようにこらえる。酷い顔だっただろうな。蓮二はそれすらも微笑んで受け止めてくれたけれど。

「俺と、結婚してください」





嬉しくて仕方がなかった。はい、と泣きながらうなずいて、彼に思い切り抱きついた。どうか100歳になった未来でも、こうして君と一緒にいられますように。
――――――――――――
祝! 100 作 目 !

というわけで、サイトにアップした短編の数が100作目に到達しました!
実はスペシャルにのせている作品(リクエスト)だけで、その内の半数を越えています。あまり自発的に短編を書いていない証拠ですね。
余談ですが、100作目に柳さんをセレクトした理由は、「イノセントラブ!」の人気アンケートで現在1位だからです。おめでとう柳さん!

2013/2/10 repiero (No,100)

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