||その時僕は 神の存在を疑った


図書室の神の本はあらかた読み尽くしてしまった。あとは、この本を読めば全てを読み終えた事になる。今までのものに比べ、やたらと薄い本だった。「有神論」と名づけられた真っ黒な本を、俺は大事そうに鞄にいれた。
相変わらず、神に対する興味は尽きていない。そして彼女に対する興味も、寧ろ増したように思う。心の奥から湧き上がる「恋心」というものを、俺はしっかりと自覚しつつも口に出せないでいた。あれから、彼女には何度も会ったのに。

「有神論か・・・」

現段階での結論でいけば、きっと神はいるのだと思う。別に信じているわけではないが、でもこうして本を読み漁る内、神はきっとどこかにいるような気がしてならなくなっていた。彼女も、昔はそこまで神を信じていなかったのかもしれない。
雨が降るたび、シャーペンの芯が折れるたび、彼女に会うたび、俺は神の存在を思い浮かべる。あの本の影響は相当に大きかった。全ての事はスケジュールで決められているという、あの荘厳な言葉は。

「・・・あ、柳さん」

図書室を出ると、彼女とすれ違った。彼女は俺の名を呼び、俺はそれに答えるように軽く頭を下げた。そして同時に、脳裏に今朝の光景が過ぎる。彼女と、幸村のキスシーン。いつもの通学路をいつもより遅く通っていたら、目の前でそれを見てしまった。彼女は珍しく目を見開いていて、恐らく初めてのキスか、唐突なキスだったのだろうとぼんやり考えていた。他は何も見えなかったくせに、彼女のその表情だけはやたらとよく覚えている。俺は見なかったふりをして、脇道に逸れた。
最近は彼女とよく話していて、仲良くなれたと思っていた。だからその光景は俺にはかなりきつかった。所詮俺と彼女は結ばれる運命にないのだと、そういう予定は作られていないのだと実感してしまったからだ。
なんとなく彼女の顔が見れなくて、俺は何かを言おうとする彼女の脇をすり抜けた。しかしすぐに、腕を掴まれる。

「柳さん。・・・今日の朝の事なんですけど」

・・・見てました、よね。彼女は小さく呟いた。ぐらりと頭が揺れる。その話は今はしたくなかったのに。俺はなんでもない風を装って、すみません、とだけ呟いた。

「あの、誤解しないで欲しいんです」
「・・・何がですか」
「私と精市のこと。・・・もう、別れましたから」
「え・・・?」
「前から、別れようとは思っていました。でもタイミングがなくて。だけど、今日初めてキスされて、しかもそれを柳さんに見られて・・・。それがすごく嫌で、私、別れてきました」

特に弱弱しくもなく、はっきりとした言葉だった。しかしその言葉を聞く限り、別れたきっかけの一端は俺が握っているのか。人にキスを見られたのを嫌がるとは、彼女は相当のウブか、もしくは幸村を好きでなかったのだろう。

「柳さん、神さまは信じますか」

突然、彼女は切り出した。真っ直ぐな視線に、俺は暫し戸惑う。何度か目になる質問は、それでもしっかりと彼女の強い意志が込められていて。

「・・・はい、信じます。俺のこの気持ちを、」

――聞き届けてくれる神が一人でもいるのなら。
そう言おうとした言葉は、彼女によって消された。重ねられた唇は熱くて柔らかい。美しい彼女の顔がすぐ間近にあって、俺は驚きに目を見開いた。やがて唇が離れる。空気は無言に包まれる。

「柳さん、私、あなたの事が好きです。いつからかはわからないけれど・・・でも、ずっと」

俺は耳を疑った。ついでに神も疑った。スケジュールには、俺と彼女が結ばれる予定はないんじゃなかったのか、と。第一、人間の願いを聞き届けてくれる神は、そもそもいないんじゃなかったか。

「好きです。付き合ってください」

そう美しく微笑んで言った彼女に、俺は何を考えるよりも先に頷いた。


家に帰ってから、俺は最後の本を読んだ。「有神論」、本に厚みはあまりなかったが、でもその中身は酷く壮大だった。
彼女が好きだと言った本、「神」とは違い、「有神論」では神はたった一人しかいないと述べていた。神はひとりで世界を創り、そうして生物を創り、それぞれに意思を創った。その結果世界は何度も危機を迎え、決して順調な進み方はしなかったが、代わりに生物達の間に笑顔と幸福を生んだ。神は常に世界を見つめ、困った者があればできる限りその願いを聞き届けてくれる。神は強い願いと祈りに引っ張られ、その者の元に舞い降りて願いを叶えるのだと。
「有神論」は、俺が気に入った「神」とは真逆だった。しかしその内容は、今の俺にまるでぴったりじゃないかと思う。

「・・・神、か」

浮かんだ少女の美しい笑顔に、俺は小さく微笑んだ。


END


(神はきっと、いつもそこに)

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