||何で見たことも無い奴を 信じれるんだよ


翌日、いつものように図書室に寄った。今日は金曜日だから、休日前に本を何冊か借りておきたいと思っていた。
今日は2冊、宗教コーナーから本を借りた。図書室においてある俺の本の貸し出しカードは、宗教関連のものでずらりと埋められている。図書委員の奴が広めたのか、「最近柳が宗教に加入した」とかいうくだらない噂が浸透しているようだった。その噂は、きっと彼女も知っているんだろう。それについて彼女がどう思ったのかはわからないが、できれば悪いイメージは抱かないでおいて欲しいと思った。

「こんにちは」
「・・・こんにちは」

ぼうっと本棚を眺めていた俺に、彼女はまたも唐突に声をかけてきた。にこにことした表情が張り付いた笑みのように見えて、俺は少しそれを気味悪く思った。もちろん、彼女が美しいのに変わりはないのだが。

「この前はごめんなさい。今日はゆっくりお話できますよ」
「なら、そこのテーブルに」

彼女を促し、近くのテーブルに向かい合って座った。暖かな日差しの差し込む、窓際の席だ。元々1人か2人で座ることを想定しているのか、テーブルは小さかった。図書室で勉強する人の為の席なのだろう。

「それで、何のお話をしましょうか」

何の、と聞かれても、する話は特にない。だがなんとなく、あの「神」という本についての話が良い気がした。彼女もそれを望んでいるような気がして、俺は少し躊躇いがちに口を開いた。

「あの本のことなんですが」
「『神』ですね。もう読み終えられましたか?面白かったですか?」
「ええ、まぁ。5章が特に」
「『終焉の話』ですね。スケジュールの終わりが世界の終わりになる、っていう」

それに俺は小さく頷く。本の内容を思い返しながら、軽くその事を話した。彼女は熱心に聞いてくれた。

「神さまって、いるんでしょうか」
「私は信じていますよ。『神』を読んでから、特にそう思うようになったんです。この世界を動かす、何億人もの神の存在を」

彼女は静かに目を閉じて、微笑みながらそう言った。その表情は今までみたどんなものよりも美しくて、そして儚げだった。
彼女は目を開き、そうして尋ねる。「柳さんはそう思わないのですか」、と。

「そうですね・・・、」

俺はほんの少し間を置いて、

「今の自分の気持ちを聞き届けてくれる神が一人でもいるのなら、信じましょうか」

そう言って笑った。それに彼女は首を傾げたが、俺は構わず立ち上がった。今日はありがとうございました、と、うわ言のようにそんな言葉が口から漏れた。

見たことも無いものを信じる気はない。
だが、この燻ぶる思いが叶うのなら、俺は喜んで神を信じよう。

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