||有神論


まず俺がそれを聞いて思った事は、神無 望という人物に対する嫌悪のような興味のようなそれだった。艶のある黒髪をまっすぐに流し、穏やかな黒い瞳の奥に確かに「意思」を映しながら彼女は微かに微笑む。彼女の容姿を一言で形容するのなら、「美しい」という言葉が最もオーソドックスであろうと頭の隅で思った。

彼女は幸村の恋人だった。2人並んで立つとできあがるのはまるで絵に描いたような見事な恋人像で、ここ立海でもかなり有名なカップルであった。関係も良好で、毎日ケバい女共をとっかえひっかえしているブン太や仁王なんかに比べれば随分と良心的なカップルであった。俺はその2人の姿を初めて見たときから彼女に淡い興味は抱いていたが、俺と彼女の関係性は皆無。幸村を通じて知り合うにも少々嫉妬が伴いそうだったから、2人が付き合いだして3ヶ月以上経った今でも俺は彼女の事を何一つ知らなかった。時々幸村から垂れ流しにされる情報を含めても、手に入ったのは「名前」と「クラス」と「好きな食べ物はプリン」という3点のみだった。
勿論、生活の色々な面において「情報収集」を糧としている俺にとっては、彼女の事を調べ上げるのは造作もないことだった。しかしどうしても彼女と直接対話がしてみたく、それまでは下手に手を出したくないという訳も分からない思いがこみ上げた為に、調べる事はしなかった。

そんな彼女との対話のチャンスが巡ってきたのは、とある放課後のことだった。

「こんにちは」

突然声をかけられて振り返った先には、どういうわけか彼女が立って微笑んでいた。秋に差し掛かる今の時期は、当然の事ながら3年は部活がない。帰る前に本でも借りようと、図書室に寄った事がどうも正解だったらしい。彼女は確かに神無 望で、そして間違いなく俺に対して声をかけていた。なんと返せば良いかと数秒迷った挙句、同じように挨拶を返して頭を下げた。すると彼女は美しく微笑んで、俺の手に取られた本に視線を向けた。タイトルは「神は存在するのか」というなんとも宗教的な代物。別に神がどうたのとかはどうでも良いが、元チームメイトに「神の子」と呼ばれる人物―勿論幸村のことである―がいたからには、信じないというわけでもなかった。ちなみに、普段はあまりこういったものは読まない。ただなんとなく、興味が向いただけで。

「柳蓮二さんですよね」
「そうですが。あなたは、神無 望さんですよね。どうして俺の事を知っているのですか?」
「あなたはとても有名ですから」

言葉にのせた僅かな期待はあっさりと裏切られ、彼女の口からは「有名だから」という余りに簡潔で適当な答えが返された。わかってはいたものの、こうして興味を抱いていたのが自分だけである事がはっきりしてしまうと、少し悔しいような悲しいような思いがこみ上げた。

「柳さんは、神さまに興味があるのですか?」

彼女は本を見ながらそう言った。

「いえ、特には」
「そうですか。では、神さまの存在を信じていますか?」
「・・・はぁ」

そう言われて、返答に詰まった。先ほども述べたように、神については信じているわけでも信じていないわけでもなかった。どう答えたものかと少し悩む。というか、どうしてこんな事を彼女は尋ねるのだろうか。それこそ宗教チックな質問だ。

「・・・まぁ、信じてはいます。そうでも思わないと、縋れませんから。でも、どうしてこんな質問を?」
「・・・そうですね。強いて言うなら、『神を信じているから』、とでも言いましょうか」
「・・・・・・は?」

それを聞いて、俺は彼女に嫌悪のようなより強い興味のような感情を抱いた。彼女は僅かに眉を顰めた俺に端麗に微笑みかけ、それきり踵を返して去って行ってしまった。その場には俺と例の本だけが残され、しばしそのタイトルを見つめて固まる。

それからだ。俺が、彼女と・・・「神」という存在に、強い興味を抱くようになったのは。

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