||ルールを無視するなら消えろ
◇
明日はついに結婚式。準備に追われながらも、私たちはつかの間の休息を味わっていた。相変わらずクーラーは効きっぱなし、もうすぐ夏も終わりだというのにアイスの在庫だけは山ほどあった。
今日もかっこいい光を見て、私はふと呟く。
「ねぇ、光。ちょっと大事な話、良いかな?」
口に出してみると思いの他それは重たく響いて、振り返った光は眉を顰めてそれに答えた。あは、ありがと。と返す私の声は静かで、乾いている。
「今更って言えば今更なんだけどさ。ずっと光に隠してたことがあるのよ」
「・・・・・・言ってみいや」
はは、緊張するなぁ。ごくり、と唾を飲み込んで息を吸い込んで、私は震える唇を動かした。
「薄々気づいてるかもしれないけどさ。私ってば、極度の自己否定症なのよね。まぁ、平たく言えばネガティブかな」
そう言うと光は驚いたように私を見て、しばらく間を置いてから、そういう風には見えんけど、なんて呟いた。そりゃまぁ、そうだろう。これは私が一生懸命隠してきた、自分の「醜い部分」なんだから。
誰かが唾を飲み込む音がした。私はそれに気づかないふりをして、ずっと吐き出してしまいたかった、自分の重たい悩みを話し始めた。
うん、まぁ、カミングアウトするとさ。私って、自分の事、いらない存在だと思ってるんだよ。だってそうでしょ?世界的に考えてさ。それに比べて、光は周りからも世界からも愛されてるじゃない?え、知らない?いや、私から見るとそうなんだよ。・・・でね、光といる事はもちろん幸せなんだけど、でも光と一緒にいる間は、絶対的に自分が好きになれないんだよね。なんでって、光が私と比べて完璧すぎるからだよ。だから正直、劣等感みたいな何かを感じずにはいられなかったの。でも、一緒にいたいと思ったし、捨てられるのは嫌だと思ったから、ずっとそういうの隠し続けてたのよ。できればずっと隠しておきたかったけれど、そんなんいつバレるかわかんないし。自暴自棄な性を隠せなくなったら、光にもきっと迷惑かけちゃうしね。
「なんで今・・・」
「結婚する前に、全部話した方が楽じゃない」
ちょっと遅すぎるけどね、なんて軽口を叩くと、光は綺麗な顔に皺を寄せた。それでもかっこいい君を悲しげに見つめながら、私はゆっくりと話し始めた。
「例えばだけどさ。信号無視をした車がいたとして、それで尊い命が奪われたとする。そしたら、その車の運転手は社会的にも精神的にも殺されちゃうわけだ。皆に『そういう目』で見られて、消えろ、とか思われちゃってさ」
「・・・・・・」
「そんで、それ以前の善悪は関係無しに、消される」
まぁ、当り前の事だよね。
私は嘆くように呟いた。光は黙って聞いている。
「私の場合、悪いことはしてないしただ生きてるだけだけど、でも色んな人に消えれば良いって思われてるんだよね。なぜかって、光の恋人だから。おまけに結婚までしちゃうんだしさ」
光とは、中学生以来の付き合いになる。最近では少ない方だが、昔は特にいじめや嫉妬なんかが酷かった。元々そういう節はあったけれど、光と付き合いだしたことがきっかけで、私のネガティブなところは一気に成長をしてしまった。自分なんかどーでもいい、しょせん光の影みたいなもんなんだ、って。ちょうど名前も「光」だから、ぴったりだなぁなんて皮肉なことも、何度か考えた。
皆に怨まれ、消えれば良いと思われていた私と、皆に愛され、一緒にいて欲しいと願われる光。たとえ結婚して一緒になっても、周囲から見れば「光」と「影」の構図は変わらぬままだろう。いつまで経っても、私は光の隣に立てないのだ。つまり、私はきっと一生劣等感のようなものを持ち続けなければいけないわけで。
「やんなっちゃうよね。自分の性格がさ」
「・・・・・・」
「こんなんじゃ、いつか光に迷惑かけ」
唇を塞がれた。それ以上は言うな、とばかりに。同時に与えられたのは、キツい抱擁。唇を離されてすぐ、痛いよ、なんて言ったらもっと力が強くなった。もう、日本語通じなくなったの?なんて言ってやりたくなかったが、でも彼の温もりがあまりにも優しくて何も言えなかった。光は無言だったけれど、それでもたった一言だけははっきりと告げた。
「お前が誰に『消えろ』って思われたとしても、俺だけは、最後までそう願ってやらへん」
私は無言でそれを聞いた。悲しくもなんともなかったのに、涙が頬を伝っていく。あぁもう、これだから涙脆いのは嫌なんだ。光には私の涙が見えなかっただろうけれど、でも鼻をすする音で全部ばれたんだろうなと思った。
「夕菜、愛してるで」
「・・・ありがとう」
END
(君といられて幸せです。でも私は自分が嫌いです)
(君のことが大好きです。だから俺は君を守ります)
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