||きみのめをみてすこし迷います





笑っているような、泣いているような。そんな顔をしていた。

「澤田さん、やよね」

か細い声で私を呼ぶのは、例の蔵の彼女さんだった。いつもの如く気だるげにそちらを見つめ、そーだよーと間の抜けた返事を返す。少し悲しげな、不安げな色の混じった彼女の瞳に、私は奇妙な違和感らしきものを抱いた。
蔵の彼女さんについて知っている事は少ないが、それでも今の彼女は明らかに普段の様子とは違う。きゅ、と結ばれた唇は、何かを伝えたそうに開閉を繰り返している。

「・・・ごめんな、急に。お願いしたいことがあんねん」
「別にいーけどー、めんどいのはやめてよねー?」

基本的に私の行動基準は、面倒かそうでないかにある。相手がほとんど初対面に近いような相手だろうがなんだろうが、面倒な事であれば引き受けない。それが私の信条だった。・・・信条と言って良いのかは怪しいが。

「その・・・・・・」
「なーにー?」
「・・・蔵ノ介に、近付かんといて」

・・・は?

一番最初の感想は、それだった。危うくフリーズしかけた私が再び思考を開始した時、まず初めに浮かんできたのは疑問だった。

(なんで、蔵に近付いちゃいけねーんだよ)

無論、その理由がわからなかったわけではない。蔵の幼馴染をやって来たという事は、それだけ彼といる期間が長いということ。似たような前例も勿論ある。
蔵の彼女さんの"お願い"には、今まで私も大体は従ってきた。今回だって、従うには従う。しかし、それでもこの"近付くな"という要求にはどうにも許せないものがあるのだ。

(昔からの習慣なのにー、今更?っていう)

蔵と一緒にいるのは、私達にとって"当たり前"なこと。今更それを、部外者の手で簡単に崩せると思っているのが腹立たしいのだ。実質一緒にいる事が少なくなったとしても、お互いの事を全く考えなくなるなんてことは、絶対にありえないのだ。それは決して自惚れでも間違いでもないと思う。

(・・・でもなー)
「澤田さん?」

期待するような眼差しに、私は造り笑いを浮かべて溜息をついた。思い浮かべたのは、蔵の笑顔。嬉しそうに彼女さんの話をする蔵の姿は、とても幸せそうだった。

「・・・いーよー、そのぐらい」
「ほんま?おおきに!!」

嬉しそうに笑った彼女さんを見て、ほんとに可愛い子だな、なんて思った。
君の傍にいられないのは嫌だけれど、君がこの子の話をして嬉しそうに笑うのを見るくらいなら、それも良いかもしれない。

あーあ、君の笑った顔、好きだったはずなんだけどな。

[5/7]
[prev/next]

[一覧に戻る]
[しおりを挟む]

[comment]

[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -