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辿り着いたのは、蔵の家だった。「俺ん家や。入り」と言われて、私は流されるように部屋の中に入った。警戒心も何もなかった。

「・・・萌、」

後から入ってきた蔵に、抱きしめられる。あぁ、そういえば今朝もこんな風に抱きしめられたな、なんて人事のように考えた。ただ彼に身を任せて、小さく腕の中で目を閉じた。

「大丈夫か?」
「・・・ええ、ありがとう」

蔵が安心したように笑う。それから彼が私を離そうとする。

「・・・萌・・・・・・?」

でも、離れなかった。・・・否、私が離させなかった。私は薄く目を開いて、彼の胸に頭をうずめたまま小さな声で呟いた。

「どうして、助けたの」

私の事を利用するつもりにしても、別にわざわざ助ける必要はなかった筈だ。利用するだけなら、傷付いた後に慰める、という方が、危険を冒す必要もなく済んだはず。それなのにどうして、私を助けたのか。・・・どうして、助けてしまったのか。

「決まってるやろ?おまんが好きやからや」
「・・・相変わらず、冗談がすきなのね」
「俺はあんまし冗談言わへんけど」
「・・・・・・関西の人なのに?」
「アホ、関西人やからて冗談ばっかな訳とちゃうわ」

あはは、と蔵が軽く笑う。私はそれを見つめ、続けた。

「・・・あなたは私の事を、淫乱だとか公衆便所だとか貶さないのかしら?」

今までの男達は、皆そうだった。セフレや休日に引っ掛けた男達はまだしも、それ以外で出会って私の本性を知ってしまった連中は、皆私にそう言って来る。まるで汚らわしいものを見るかのように。・・・いや、実際私は汚いのだ。

「なんで好きな女をそないに貶さなきゃあかんねん。残念ながらそういう趣味は俺にはないわ」
「・・・私の事、本当は好きじゃないんでしょう」
「はぁ?まだそないな事言うん?俺は萌ん事好きや。何回言わせんねん」
「・・・私がそれを嘘だと思わなくなるまでよ・・・・・・」

ぽつり、と呟いた言葉は震えていた。もう、全ての言葉が嘘にしか思えない。独りを選ぶ前も、独りを選んだ後も、私は裏切られ続けてきた。裏切り、裏切られ、なんて当たり前だ。口ではそれに「慣れた」などと言うが、本当は違う。何度裏切っても、何度裏切られても、私の心は痛いぐらいに悲しみを叫ぶ。

「どうせ、あなたも裏切る」

私は、自分の恋した男の事を、その程度にしか思えない。・・・そうでもしないと、傷付くのは自分だから。希望を持ちたいのに、持った瞬間にそれは絶望に変わってしまう。

「・・・ねぇ、蔵・・・・・・」

甘く、囁く。それに蔵が眉を寄せたのを見つめ、彼をじりじりと背後に押しやった。背後にあるのは、彼のものと思しきベッド。
とす、と蔵をベッドに座らせ、自分自身も彼の身体に指先を滑らせて膝に座る。無抵抗な彼を押し倒して、小さく蔵の耳元で囁く。

「私を、抱いて」

それに蔵が悲しそうな顔をした。どうしてそんな顔をしたのかはわからない。でも気にならなかった。早く彼の本性を引きずり出して、めちゃくちゃに抱かれて、泣いてしまった方が楽だから。傷を負うなら、浅い方が良い。

「・・・ねぇ、蔵・・・早く・・・・・・」

そう囁いた私の後頭部に、蔵の手が回った。そのまま引き寄せられて、彼と口付ける。くちゅくちゅと、卑猥な音が聞こえた。唇が離され、蔵が優しく、私を見つめる。・・・さぁ早く、早く、早く、

「・・・・・・どうして?」

・・・彼は動かなかった。ただ私をまっすぐに、優しく見つめるだけ。ただ一度の口付けだけで、全て満足してしまったかのように。そんなはずはないのに。

「ねぇ、どうして、蔵。早く私を・・・・・・」
「言ったやろ」
「・・・え、」
「俺は萌が好きや。萌を傷つけるような事はせぇへん。・・・それに、」

クスリ、と蔵が笑った。その笑顔は、どこまでも格好良くて。どくん、と心臓が高鳴った。

「・・・泣いてる女の子抱くなんて、嫌やろ?」

困ったような蔵の笑顔に、はっとなる。慌てて頬に触れれば、確かに濡れていた。それを自覚した途端、関を切ったようにボロボロと涙が溢れ出す。

「ぁ・・・・・・」
「好きやで、萌。疑いたかったら、疑って良ぇから」

優しい蔵の声音は、思えば最初から変わらなかった。彼はいつも、私の事を優しく見つめてくれていて。・・・たった、この間出会ったばかりの人なのに。

「・・・く、ら」
「ん?なんや」
「・・・・・・私も、好きよ」
「・・・おん」

私の言葉に嬉しそうに微笑む蔵に口付けて、彼の腕の中に身を預けた。静かな薄暗い部屋の中では、酷く彼の温もりが恋しく感じられてしまう。そうして眠りに落ちる頃、愛してる、という本当に小さな彼の声が聞こえた気がした。

END

(I love you、 more、more、more、)

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