||混乱





「・・・・・・・・・」

薄暗い部屋のベッドに転がって、一枚のメモ用紙を見つめる。

『待っとるわ』

そう言って渡された、彼の連絡先。今朝ばったりと遭遇してしまってから、彼の事が頭から離れない。原因は考えれば考えるほどにわからなくなり、でもぼんやりと、私はその本当の答えを知っている気がした。

恋、という単語に頭の中が疼く。

少なくとも、一人で生きることを選んでから、私が誰かに恋をしたことは一度もない。言い寄ってくる人はたくさんいた。本気で私の事を好きになってくれた人だっていた。でも彼らは皆、私の本性を知ると軽蔑して逃げて行く。知っているのだ、そんなこと。それなのに彼は、私の本性を知りながらも好きだと言ってくれた。少なくとも、あれほどまでに真っ直ぐにそう言ってきた男は今までで始めてである。

「・・・・・・ッ」

あぁ、もう、面倒な男に捕まった。好きになられるだけならまだしも、自分自身も好きになってしまったのではただの馬鹿だ。どうせあんなの、彼が私を利用する為の嘘にしか過ぎないのに。それなのに私は今、彼のことを想って心を揺らしている。

「・・・・・・く、ら」

小さく名前を呼んでみる。すると途端に、どうしようもない虚無感が身体を襲った。ぎゅ、と両目をキツく瞑ってから身体を起こし、身なりも整えぬまま家を出た。





夜の街は明るい。そこかしこから飛んでくる色とりどりの光によって、広大な星空さえも覆い尽くしてしまっている。少し外れたところに行けば空も見えるが、昔田舎で見たあの美しい星空には敵わない。

「そこのお嬢さん、君可愛いね?」
「・・・・・・」
「ちょっと俺と一緒に・・・」
「ごめんなさい、お断りよ」
「あ、おいっ・・・・・・」

声をかけてきた男も無視で、フラフラと歩く。追ってくるかとも思ったが、意外とあっさり諦めてくれた。普段だったら断らずに逆に相手を誘い返してやるところだが、今はどうにも気分が乗らない。とにかく、早くこの感情を何か別の物に変えてしまいたかった。セックスなんかじゃ意味が無い。

「・・・あ、ねーねーそこの君」

彷徨う内に、2人組の男に声をかけられた。見るからにチャラい。一目見た瞬間、思わず顔を顰めてしまった。鍛え上げた女の勘が、こいつらは面倒くさいタイプの奴らだと告げていたから。

「ごめんなさい、私忙しいから・・・」
「良いじゃんちょっとぐらい」
「そうだよー、俺達と遊んでくんね?」
「・・・ごめんなさいね」

肩を掴んできた手を払いのけて、そのまま立ち去ろうとするが、男達が簡単にそれを許すはずもない。ニヤニヤとした下品な笑みに、無性に腹が立った。

「ほらほら、こっちで遊ぼうよー」
「だから嫌だって・・・」
「良いじゃん、それとも彼氏いんの?彼氏呼んで4人で遊ぶぅ〜?」

ギャハハハ、と男達がうるさい笑い声を上げた。私が言うのもなんだけど、本当にこういう奴ら嫌いなのよね。

「あんた達、いい加減に・・・「いい加減にしぃや」・・・え?」

唐突に聞こえた声に振り返る。するとそこでは、整った顔立ちをした一人の男がこちらを睨みつけていて。嘘でしょ、という言葉と共に思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「俺の女に手ぇ出さんといてくれる?」

にこっ、という笑顔を浮かべて、蔵が私の腕を引く。男達は呆気にとられていて、それにすぐに反応できない。

「・・・逃げるで」
「お、おまえっ・・・」

なにか男達が叫ぶのも気にせず、私は彼に引かれて全力疾走。蔵が私の手を痛いぐらいに掴んでいて、その手の温もりが酷く熱く感じられた。どくん、どくん、と心臓が跳ねる。どこへ走っているのかも考えられない。もしかしたらこのまま騙されて酷い目に合うかもしれないというのに。

「・・・・・・っ、」

心臓の鼓動が早い。私を助けてくれた蔵の後姿から、目を逸らす事ができない。逸らさなきゃいけない、この手を振り払わなきゃいけない、そう思うのに。
走りながら、私は愚かしさに小さく唇を噛んだ。

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