||偶然





翌日、昨夜の記憶も曖昧なまま自宅で目が覚めた。私服姿なのを見て、そういえば昨日は名前も忘れたセフレとヤッたんだった、と思い出す。どうやって帰って来たのかは覚えていないが、確か疲れてそのまま眠りについてしまったのだ。
はぁ、と虚無感に息を吐き出し、重たい体を起こす。ふらふらと風呂まで向かい、軽くシャワーを浴びた。

今日は月曜日。仕事に行かなくてはならない。

「・・・・・・いって、きます」

誰もいない部屋に呟いて、私は家を出た。





気だるい仕事も終わった。上司のセクハラにも耐えた。どうせならあの男にも手を出してしまえばいっそ気が楽なのだが、職場内でそういう関係を作ると後が面倒なのでずっと避け続けている。
後は家に帰るだけ。あぁ、本当に何も無い日々だ。休日には適当に男を引っ掛けに町を彷徨って、時々セフレに呼ばれては快楽におぼれて。繰り返すだけのつまらない日常。変動が起きることなんてない。

「・・・あ、」

ふと、正面の方から声が聞こえて顔を上げる。そこには昨日会った男が立っていて、私はそれに愛想笑いを浮かべた。確か名前は、白石蔵ノ介。私は彼の事をなんて呼べばよかったんだっけ?

「偶然やなぁ、萌。こんなところで会うなんて」

笑顔を見せた彼を見つめて、私も笑う。そう、そういえば蔵と呼ぶ事にしたんだった。一応知り合いにはなるのだろうか。

「ええ、本当に偶然ね。どうしたの?」
「俺は仕事帰りや。・・・萌も?」
「そうよ。・・・それじゃ、私は疲れてるから・・・・・・」
「待てや」

面倒くさい、とそのまま逃げようとした私の手を、蔵が掴む。内心舌打ちしてから、困ったように彼を振り返った。

「なんで連絡くれなかったん?」
「義務じゃないでしょう?」
「昨日言ってた"人に呼ばれた"って、どうせセフレかなんかやろ」
「あら、大当たりよ」
「なんでそんな・・・・・・」
「昨日今日で会った人にそれを教えると思う?」
「・・・・・・」

嫌な質問をされそうな気がして、彼がそれを言う前に道を塞ぐ。眉を寄せてあからさまに表情に嫌悪感を表せば、大抵の常識人なら根掘り葉掘り聞かずにいてくれる。もう何年も独りでいるせいで、いつしか私はそんな事をいくつも覚えてしまった。

「・・・帰って良いかしら?」

彼が未だ私の手を離そうとしないのを見て、顰め面で呟く。すると蔵は一瞬考え込んだ後、一層手の力を強くしてきた。

「その前に、一言言わせてや」
「・・・・・・なにかしら?」
「好きや」
「昨日も聞いたわ。タイプの話でしょ?」
「違う、そういうのじゃなくて、本気で好きや」

蔵の目は嫌に真剣だった。人を騙そうとしているような目ではない、とは思ったが、私にはどうにも信じられず、一先ず無言で見つめ返した。
昔いたんだ、人を騙すのがとても上手い詐欺師のような男が。まぁ、あの時は私も少なからず彼を騙そうとしていたわけだから、一概に彼が悪いというわけではないんだけれど。彼の名前は今でもよく覚えている。それだけ印象の強い男だった。確か、仁王雅治とかいう名前だ。

「・・・そう」

蔵の瞳の色が変わらないのを見て、小さく、興味無さげに呟いた。蔵はそんな私を見つめて、何も言おうとしない。

「お生憎様。私はくだらない愛情ごっこに興味はないの」

吐き捨てるように言ってから、彼の手を振り払う。蔵に背を向けて歩き出せば、後ろから悲しげに見つめられているのを感じた。・・・まるで、哀れむような。

「余計なお世話よ・・・っ、」

ふと過ぎった昔の記憶を人ごみにもみ消して、足早にその場を立ち去った。

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