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◇
家の前についた時、真っ先に嫌な予感を感じ取った。
「・・・・・・?」
訝しげに眉を潜め、鍵を開ける。バタン、と静かな家の中に扉の音が大きく響いた。俺はあえて明かりをつけることはせずに、暗がりの中を進んだ。
「!」
奈菜の部屋の真ん前に差し掛かった時、鋭い感覚にすぐに足をどけた。腰をおとしてそれをよく見れば、今朝奈菜がヒビを入れてしまっていたマグカップの破片だった。辺りを見ると、それは大小さまざまにいくつも転がっている。
・・・今朝は、確かマグカップにはヒビだけだった。それなのに、今はこうして割れてしまっている。という事は、誰かがわざわざこれを割ったんだろうか?
そこまで考えて、俺は目の前の扉を見つめた。中には、恐らく彼女がいるはずだ。自分で割ったなら気がつかないはずはないし、彼女の性格上それを放置するとも考えがたい。
まるで"近付くな"とでも言うように散らばっている破片に、嫌な予感が悶々と広がった。
(・・・まさか)
前に奈菜の部屋に侵入してきた男の姿が脳裏を掠め、慌てて部屋の扉を開いた。ざっと見渡す限り、彼女の姿はない。机の電気は付けっ放しで、窓はどういう事か、開いていた。
窓辺に近寄って外をくまなく探すが、怪しい影は見つからない。何か手がかりはないかと机の方へ歩み寄ると、そこには一枚の白紙があった。そこには青字で一言だけ小さく綴られていた。
「・・・"愛してる"」
反射的に、誰を?という疑問が脳裏を掠めた。この言葉は、一体誰に向けられたものなのか。俺になのか、全く別の者になのか、あるいは・・・・・・
最悪の考えが頭を過ぎったところで、ふと何者かの気配を感じて振り返った。
暗がりの中で、窓の月明かりを背にして立つ一人の女。それは紛れも無く奈菜で、俺は安堵の息を漏らした。最悪、あの侵入者に連れ去られてしまったのではないかと思ったからだ。
しかし、一歩踏み出した瞬間、奈菜に腕を突きつけられ、その笑顔は凍りつく。俺は彼女に歩み寄る事ができなかった。
・・・彼女の手には、あのマグカップの破片が握られていた。
ガラスの破片を突きつける彼女はただ、悲しげに微笑んだ。
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