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それからしばらく経って、彼が最近隣に越してきた事を知った。少し前に挨拶に来たのだが、私より2つ上らしい。名前は確か、幸村精市と名乗っていたはずだ。バットを片手に警戒していたあの夜がもはや懐かしく感じられる。まさかあのバットが役に立つとは思っていなかった。

「・・・ックシュ、」

不意にくしゃみが出た。誰かが私の噂を・・・!とか思ったが、一人でそういう小芝居をやるのも虚しかったのでやめた。23歳独身、友達は多い方です。

コンコン、

ノックがなる。幸村です、という声がしたからたぶん隣人だろう。何か私に用でもあるのだろうか。

「・・・はい」

扉をあけると、涼しい顔をして立つ幸村さんの姿があった。その穏やかな表情を見ると、どうも視線を逸らしたくなってしまう。そうでもしないと、つい意味も無く口元を緩めてしまいそうで。

「すみません、突然。俺の部屋で水漏れがあったみたいで、その謝罪に来たんですが。そちらに被害はありませんでしたか?」
「・・・水漏れ?」

言われて、自分の部屋の事を思い返してみるが、思い当たる節はない。というか、私と幸村さんの部屋は隣、被害に合うとしたらどちらかと言えば幸村さんの下の階の人だと思うのだが。

「私の方では、特にないですよ」
「そうですか、それは良かったです。・・・あぁ、それと大木さん」
「なんでしょう」
「・・・いえ、なんでもありません。それでは、失礼します」

ぺこりと一礼して、幸村さんが去っていく。私の名前を呼んだ時、ほんの少し目が泳いでいたのは気のせいではないかもしれない。・・・それにしても一体何の用だったのだろうか。それを考えるには、まだ私は彼の事を知らなさ過ぎる。まぁただの隣人だし知る必要もないかと大きく欠伸を漏らしてから、部屋の中に戻っていった。


水漏れで謝るなら、隣じゃなくて下にですから。


数日後、自分の下の階の人から苦情がきた。水漏れしてるって、やっべ。

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