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雨でずぶ濡れになった冷たい体を動かし、錆びた鉄の階段を上る。カン、カン、と一段一段、自身の存在を確かめるように音を鳴らす。今宵の雨は、しばらくぶりに振ったせいか酷く激しいものだ。あまり新しいとは言えないこの安アパートにとって、いささかそれは酷なものがある気がする。実際、ただでさえギシギシと音を立ててうるさいこの床も、心なしかいつもより悲痛な叫びを上げているような気がした。もしかしたらそれは、私が両手に大荷物を抱えているせいなのかもしれないが。

『梅雨だってのに、なかなか雨が降らないもんだねぇ』

今朝、そう言って溜息をついていたこのアパートの大家を思い出し、心の中で小さく悪態づいた。本来、天気予報では、今日も雨は降らないはずだったのだ。だから傘を持たずに外出したというのに、いざ仕事から帰ろうという時にはこの大降り。どうもそれが、朝の大家の言葉が関係しているような気がして腹が立つ。
・・・と、いうよりは、誰かのせいにでもしないと自分の腹の虫がおさまらない、というのが本音であったが。

両手に抱えたスーパーのビニール袋を片手にまとめ、その重さに悲鳴をあげる左肩を無視して空いた右手で鍵を開けた。ただいま、と誰もいない部屋に呟いて、重い足取りで部屋に入る。冷蔵庫に買ってきた物を適当にしまって、缶ビールを一本開けた。ソファーに腰掛け、やはり今日買い物をしたのは失敗だったかと溜息をつく。濡れたスーツで座ればソファーが汚れるのはわかりきっていたが、その為に着替えるのも今は億劫に感じられた。
ビールをぐい、とあおってから、重い腰を持ち上げる。まだ飲みかけだが、このまま飲んでいると風呂に入る前に眠ってしまいそうだ。近くにあったタオルで軽くソファーを拭き取ってから、のろのろと風呂場へと向かった。





風呂から出た直後、部屋の外で何かが音を立てるのを聞いた気がした。今はもう夜中に近い。そんな時に外出かと思ったが、もしかしたら不審者かもしれない。私は眉間に皺を寄せ、護身用にと昔両親に渡されたバットを片手に部屋の外へと向かった。

「・・・・・・」

警戒しながら、扉を開ける。一歩踏み出して辺りを見れば、ちょうど隣の部屋から青い髪の男が出てくるところだった。ガチャガチャと鍵を閉め、それからこちらを向いた。踏み出された一歩が止まり、彼の視線が私へと向けられる。

「・・・こんばんは」

どうすれば良いかわからずに、とりあえずそう言うと、男の方も同じように返してきた。軽く一礼して、私の持つバットを気にしつつも脇を素通りしていく。それにあわせて振り返り、男の行く末を見てみたが、どうやらこの雨の中外出をするつもりらしかった。不審者ではなく、本当にただの隣人。それにしてもやたら整った顔立ちをしている人だった。


挨拶をする、とりあえず顔見知りの人です。・・・いや、でしたかな。


そういえば隣は空き家だったようなと今更のように気がついた。

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