||曖昧な記憶


バレンタインは嫌いだ。なんでかっていうと、女子がうるさいから。それにチョコの数とかじゃ悔しい事に下克上の材料にはならない。大差で負ける。
だから、毎年この日は正直うっとおしくてうっとおしくて仕方がないわけだけど、でも今年は違う。なぜなら、俺には最近気になる人がいたから。いたからどうなんだ、って思うだろうけど、でもこれは結構重大だったりする。

「・・・あ、日吉君」

背後から聞こえた鈴のような声に振り返る。予想通り、彼女が立っていた。おなじクラスの隣の席の女子で、気になる人というのもコイツだ。ちなみに名前は知らない。でも苗字なら知ってる、林田だ。

「どうしたんだ」

言葉の上では至っていつも通りだが、心の中では心臓が破裂するんじゃないかというぐらいドキドキしていた。今日はバレンタイン、だから少しぐらい期待しても良いんじゃないかって。普段そういうかかわりが全くないだけに、今日は格好のチャンスとも取れる。

「あのね、もし良かったらなんだけど・・・チョコ、作ったから食べてくれない?」

にっこりと林田が微笑む。俺はそれにうっかり緩みそうになる口元を無理矢理押さえつけて、無表情のまま礼を言った。差し出された包みを受け取って、走り去っていく彼女の背を見つめる。

(・・・見ても良い、よな)

貰ったものなのだから当たり前だが、そんな事にすら今は不安が過ぎる。バクバクと心臓を鳴らしながら、包みをゆっくりと開いた。中にはチョコレートと一緒に手紙が入っていて、とりあえずその紙だけを出した。

「・・・・・・?」

なんて書いてあるのだろう。まさか告白なんていう事はありえないし、そうでもないなら直接言えば良いのに。わざわざ紙に書いて、しかもバレンタインのチョコの包みの中に入れる理由がわからない。一体、彼女は俺にどんな事を伝えようと・・・・・・、

「・・・!」

その中身を見た瞬間、思わず考えるのをぴたりと止めた。何度も何度も、その中身を読み返す。

「・・・はぁ、」

溜息をついて、それから小さく笑って、俺は彼女の消えたほうへと駆け出した。今から彼女に伝えなければいけない事があるから。

"名前を教えてください"

そう書かれた紙を握り締めながら、ひたすら走る。あぁ、彼女の背中が見えた。もうすぐ手が届く。・・・ほら、


昧な記


手が触れた瞬間、彼女が振り返った。小さく自分の名前を呟くと、嬉しそうに笑ってくれた。さぁ、俺も君に名前を聞かなくちゃだな。
――――――――――――
跡部のとちょっと似てますね。

2012/2/28 repiero (No,24)

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