||ハジメマシテの法則





翌日、私はまた午後の授業をサボった。理由は簡単、ダルかった。
昨日から全然進歩していない気はするが、ダルいものはダルい。それに今日は風が強めだから外に出るととても涼しい。蒸し暑い教室に篭るより絶対健康的だ。

「ん・・・、きもちー・・・」

伸びをして風に当たると、全身のダルさというものが徐々に抜けていく気がした。昨日と同じ空、しかし心持ち雲の流れが若干速いような気もする。お、ソフトクリーム発見。・・・サ○エさんになっちゃった。
青い空に、白い雲。典型的な夏の風景。恐らく暑さに弱い人の多くはその景色をうんざりと嫌がることだろう。自分も暑さには弱いから、そうなってしまう「気持ちは」よくわかる。でも私は、その風景が好きだ。暑さに弱いのは変わりないしできればお断りしたいくらい嫌いだけれど、けれど夏は好きなのだ。映画とかでも、夏を題材にした映画はホラーだろうがラブコメだろうが無意識に手にとってしまう。前に見た映画のひとつで、冒頭で男女2人が2人乗りをして坂をくだっているシーンはやばかった。それだけで感動してしまうのだから可笑しい。それほど夏が好きだった。

「・・・・・・お?」

ふと、視線を感じた。振り返った先、給水タンクの上には昨日の男がいる。じっと、テニスボールを片手にこちらを見つめる男の目は、遠目ながらも鋭く冷えているのがわかった。夏には似合わない冷徹な瞳。もっとギラギラした暑苦しい目の方が私は好きだ、なんといったって「夏」らしいから。でももし彼がそんな目をしていたとしたら、それはそれで可笑しいかもしれないなとくだらないことを考えた。
一通りじろじろと相手のことを眺めたのち、私は捻った身体を元に戻して再び空を見上げた。壮大で、広大で。空と言うものは本当に見ていて飽きない。
彼もなかなか見ていて飽きさせない何かがあったが、でもいつまでも普遍的にそこにあり続けるこの空には到底敵わないだろう。

「・・・なぁ、」
「ん?」

聞こえてきた声に身を捻ると、再び彼と視線が絡んだ。その距離20mほど。遠いといえば遠いその距離感で、私と彼はたしかに視線を交わし、言葉を交わしていた。

「お前さん、昨日」
「昨日?」

テニスボールのことだろうか。思考はそちらに傾くが、彼は私がいる間目を覚ました様子はなかったし、私のことがわかる筈がない。では昨日とは一体なにか。

「授業サボっとったじゃろ」
「・・・なんで知ってんの」

男の言葉にこちらのテンションは一気にげんなりである。やっぱりそうか、と男がニヤリと笑った。というか本当に、なんで知っているんだ。こちらは相手のことなど全く知らないというのに。もしかして昨日私が屋上にいた時、彼は起きていたとでもいうのだろうか?

「怒られて職員室から出て来るのを見とったからのぉ」
「ちょっ、待っ、なんでよりによってそのシーン」

昨日一日を振り返ったとして、一番見られて恥ずかしい場面だったと思うのだが。うわぁ、恥ずかしい。ますます気分は落ち込んでいく。

「ところで」
「・・・今度はナンデスカ」
「お前さん、俺の事知らんのか?」
「はぁ?」

いや、そんなこと言われても知るわけがありませんけど。なんなんだこいつ。私の眉間に皺がよっていく。お互い(私の方は大変不本意ながら)顔は知っているとは言え、初対面なのだけれど。

「・・・、はじめまして、よね?」

なんと答えれば良いかわからずに、とりあえずそう言ってみた。すると男は目を見開いて、一瞬沈黙した後、大声で笑い出した。
は、え、ちょ。私何かしましたか。

「おっ・・・、お前さん、俺のこと知らんのか!ックク・・・!」
「知りませんけど。知らないとまずいの?」
「いーや?」

なら良いじゃないか。と思わず漏れた声に男がまた笑う。・・・なんなんだよ!!

「俺は、仁王雅治じゃ。お前さんは?」
「・・・椎名芽衣」
「椎名か。ん、覚えたぜよ」

仁王と名乗った男がにこりと笑う。その笑顔は意外とかっこよかった。

「・・・あんた、サボりだよね?よくサボるの?」
「おん。サボらない日の方が珍しいぜよ」
「・・・ふぅん。じゃあこれから毎日顔合わす羽目になるかもね」
「なんでじゃ?」
「最近暑いから授業ダルいんだよね」

ため息を零すと、仁王は可笑しそうに笑った。人のことを笑うわ謎発言はするわと変な男ではあるが、とりあえず悪い奴ではなさそうである。

キーンコーンカーンコーン・・・

チャイムが鳴る。

「じゃ、私行くけど。・・・仁王は?」
「俺はしばらくここでサボるけぇ、行かん」
「そう」

それならここで、と私は少しだけ笑い、彼に軽く手を振って屋上を後にした。相変わらず校舎は蒸し暑いけれど、でも昨日よりは気分が良い。それは風があって屋上が涼しかったおかげか、それとも仁王のおかげなのか。どちらにせよ、良い気分なのに変わりはないからよしとしよう。
一歩、階段をおりる。一歩、前へ前へとまっすぐに進んでいく。

まだ歯車は、動き始めたばかりだ。

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