||救世主
◇
その、次の日。昼休みが近付くにつれ、私は恐怖のような諦めのような、投げやりな感情に襲われた。正直言って、昼休みになるのが怖い。教室から逃げることも考えた。しかしそれで逃げられたとして、次の日にまた倍殴られるだけだ。逃げられなくても、それは同じだろう。
「あは、また逃げなかったのね。その顔、ほんとに生意気。見ていてイライラするのよね」
ガッ、と壁に押し付けられる。昨日と変わらぬ展開。彼女の拳が振りかざされる。それを人事のように眺めた私の頭部に、鈍い衝撃が襲った。それから、もう一発。また一発。せめて殴っているのがか弱い少女でよかった。男に殴られていたとしたら、二発目で既にアウトだっただろう。
「痛い? 痛かったら、いいかげん仁王君と会うの、やめなさいよ。それとも・・・もう会ってないのかしら? どっちにしろ、そんなのどうでもいいけどね」
パン、平手打ちの音が響いた。私の頬が叩かれる音だ。抵抗してしまえば楽なのだろうか。そうすれば、もっと酷い目に合うのは確実であるが。
黙って暴力と罵声を浴び続ける私の前に、香奈が飛び出すようにして立ちはだかる。無言で私の前に立つ香奈を、少女達がにらみつけた。それだけでもう、怯えるような顔になっているのは自然と想像ができた。彼女の身体は、すでに震えていたから。
「香奈・・・、」
そんなことをしたら彼女まで殴られてしまう。私は香奈に手を伸ばそうとした。しかしそれよりも早く、彼女の身体が横倒しにされた。
「!!!」
そして休む間もなく、私の方へとまた手が伸びる。香奈を助けたくても、抵抗をしたくても、もはやその気力は残っていなかった。香奈が視界の端で起き上がった。どうやら、倒されただけでそこまで痛みはなかったらしい。彼女の怯えるような瞳が、泣きそうな瞳が私を見る。普段は明るい彼女が、こんな顔を見せたのは初めてだった。
「・・・あぁ、その携帯。最近仁王君が携帯ばかりいじっているのって、それが原因かしら。どうせならそれも奪ってあげた方があんたも諦めがつくわよね?」
「な・・・、」
「ほら、貸しなさいよ」
「やめっ・・・!!」
私の携帯が少女によって奪われ、それが床に叩きつけられる。それに手を伸ばそうとした私の手より早く、少女の足が携帯を踏み潰した。
「!!」
「これでもう、仁王君と連絡が取れなくなったわね」
あはは、と笑う少女の声が耳にこびりつく。バキ、と音を立てて壊れてしまった携帯を見つめ、私の頭が真っ白になる。
今まで仁王と接触をもてたのはメールや電話ができたからで、そもそもそれがなければ、この前、屋上で会うことすらできなかった。携帯が壊れたことも仁王に伝えられない。買い替えたとしても、それまでの間に仁王が私の事を嫌いになってしまうかもしれない。私の事は別に良い。でも、彼と連絡が取れなくなってしまえば、私は。
「ぁ・・・、」
ぽろ、と涙がこぼれた。携帯が壊れたから泣いたんじゃない。かといって、連絡が取れなくなってしまうことに対する涙かと言えば、それが全てでもなかった。全身にある痛みに対してや、それに対して何もできない悔しさ、香奈まで巻き込んでしまった後悔、色々な感情が、ごった混ぜになって涙として溢れた。
「あら、泣くの?良い気味ね」
無情な言葉。私はそれに顔を上げた。こいつが憎い。どうしようもなく、憎らしい。そうして私は立ち上がろうとして、
「・・・芽衣?」
「え・・・・・・、」
視界の奥に、見覚えのある銀髪が見えた。少女達が慌てて振り返り、そして彼の姿を見て目を見開く。誰かが、仁王君、と呆然と呟いた。私も呆然と、ただ涙だけはそのままに、彼の姿を見つめた。
「なんで・・・・・・、」
「あ、その、私たち・・・」
「なんで、芽衣が泣いとるんじゃ!!」
しん、と教室内が静まり返った。仁王の激昂。何も言えなくなった少女達を押し分けるように、仁王が私の方へ歩み寄った。そして私の手を掴んで、起こす。仁王はこわばった表情の少女達を睨みつけて、私をそこから連れ出した。
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