||事態は悪化
◇
(・・・・・・)
「じゃーから、俺は行く気ないっつっとるじゃろ」
「そういうわけにもいかなくなって来てんだって。あの教師、まいっかい私に行かせるんだよ。あんたが来ないと私も授業受けらんないし困るの!」
背後で、凄い論争が行われていた。私を隠すように給水タンクの上に座っているのは仁王。その仁王と論争しているのは、この間も屋上に現れた、例の学級委員長さん。どうやら学級委員長さんは、特定の授業の度に教師から仁王を探してくるように言われているようだ。良い加減それも飽き飽きなようで、苛立っている様子が伝わってくる。対し仁王は、背後に私がいる状態な為に必死必死。もしもバレたら凄い勢いで噂になるだろうから、頑張ってその広い背中で隠してくれる。いや、それでも相当限界があるんですけどね。ちょっと委員長さんが冷静になってその場から動いてみたりしたら、瞬時にバレると思う。っていうか、何度目だろうかこの修羅場。せめて男女関係のドロドロした修羅場じゃなくて良かったと思う。まぁ男ひとりに女ふたりってのは合ってるんだけどさ。いやそんな事はどうでも良くて。
「・・・仁王、返事しなくていいから聞いて」
相変わらず論争を続けている仁王に、小声で話しかけた。この距離だし、委員長さんは夢中になってるからたぶん気付かない。気付くのは、すぐ側にいる仁王だけ。密着してて夏だから暑いったらありゃしないんだけど、まぁそんな文句は今は言ってられない。
「このままだと埒があかないでしょ。だから、今回はなんとか帰ってもらって、次来た時は仁王は素直に委員長さんに従って」
仁王は何も答えない。まぁ、ここで答えたら全てがおじゃんだ。仁王は少し動揺したように一瞬だけこちらを見たが、すぐに私の言葉を実行に移した。
「・・・わかった。次回からはおまんの言葉に絶対に従うきに、今回はもう帰ってくれんか」
「それ本当なの?そう言ってまたサボる気じゃないの!?」
あぁ、委員長さんイライラマックス。まぁ、委員長やるくらい真面目でしっかりしてる子なら、こうやってクラスメイトがサボってる事とか、そのせいで自分が勉強できないこととか気に食わないだろうね。いや、そうでなくてもこんなにしょっちゅう頼まれてたらイライラするか。可哀想に。この子がミーハーだったら違っただろうけど、生憎・・・っていうか幸いなことにそういうわけではないらしい。それからも少しの間論争が続いていたが、結局委員長さんが折れて帰っていった。こりゃあ、次回従わなかったら仁王の首が飛ぶね。マジで。
「はぁ・・・やっと帰ったぜよ」
「お疲れ仁王。・・・やっぱり、ここで会うのは危険だね」
その言葉に反応して、仁王がこちらを見る。これは、委員長さんが現れるようになった時からちょくちょく言ってきた事だった。このまま屋上での密会を続ければ、そりゃ簡単にはばれないだろうけど、いつかはばれてしまう。それを懸念しての言葉だった。
「・・・お前さんと会えないのは嫌じゃ」
仁王は拗ねたようにそっぽを向いた。なんだこいつ。可愛い。最近呼び出しが多いと思ったらそういうこと?なに、寂しいの?うりうり。
「たしかに、私も会えないってのはさすがに嫌」
「・・・・・・」
「でも、仁王と会話もできなくなる方が私は嫌だ」
私の意志のこもった言葉に、仁王は無言で立ち上がった。そのまま給水タンクを飛び降りて、私の方を振り仰ぐようにして見上げる。太陽の光に反射した銀色が、キラキラと綺麗に輝いていた。
「ほんとに、ええんか」
私はうなずいた。仁王は無言だった。
彼は、黙って屋上を去っていった。
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