||接近





「う、わ・・・」

ゴシュァァァ!!、効果音にするならそんな感じであろうスマッシュが、仁王によって放たれる。ちょっと効果音間抜けだったね、うん。でもほんとにそんな感じなんだもの。

「なにあれ・・・人間?」

まさかテニスの練習を見ているだけでそんな発言をしなくてはならない日が来るとは思わなかった。仁王は今の技についてパートナーなのであろう眼鏡の男性と話し合っていて、私には当然だが気がついていない。私は彼らの様子を屋上の方から見ているので、当り前といえば当り前だ。屋上は眺めが良く、テニス部の練習なんかを見るのには意外と便利な場所なのだが、うるさいミーハー共は全くいない。最近見つけた、私だけの穴場だ。
私は仁王と眼鏡の人をしばらく眺めていたが、別の箇所で再び轟音が聞こえ、そちらに目をやった。威厳溢れるとにかく凄そうな人がサーブを放ったようだった。サーブだけでそれってどうなんだろう。相手の人可哀想に。

「なんかよく見れば皆凄いな」

さすがに人間離れした技を放っている連中は極数人であるが、平部員らしき人達も人達で、なかなかに強そうだ。さすがは王者立海、ってところなのかな?

「・・・ん、もうこんな時間か」

もうすぐ部活動終了の時間だ。私は最後に仁王の方をちらりと見てから、屋上を後にした。





「よ、仁王」
「・・・芽衣?来とったんか」
「うん。そういう約束だったしね。屋上から見させてもらったよ」
「ほぉか。カッコ良かったじゃろ?」

ニヤリと笑った仁王に、苦笑気味に微笑んだ。あたりにはすでに誰もおらず、それこそ私と仁王2人きりだ。うるさいミーハー共も部活が終われば流石に帰って行くので、7:00に差し掛かる頃には学校にはほとんど誰もいない。
私はテニスコートの中央で一人佇んでいる仁王に、手の中のボールを投げつけた。彼はそれをひらりと避け、ボールをキャッチする。背後から投げたのに、なんで取れるんだろう。

「なんじゃ?」
「それ、屋上まで飛んできた」
「そりゃすまんかったの」

そう言って彼は快活に笑った。私も釣られたように笑う。それから彼の持つテニスラケットに腕を伸ばした。仁王は特に疑問もなくラケットを私に渡し、私は黒いケースからそれを取り出すと、軽く振った。あまりこういうものは持った事が無いが、思ったよりもかなり軽い。

「ね、仁王」
「・・・ん?」
「今からテニスしない?」
「・・・芽衣もテニスできるんか?」
「いや、全然」
「じゃよな。ええよ、ちょっとだけやろか」

仁王はそう言って微笑むと、部室から予備らしいラケットを取ってきた。なんで鍵開いてんだ。

「鍵はちゃんと閉まっとったよ。俺は合鍵持っとるからの」

彼の手の中で光った銀色の鍵を見て、私は呆れ気味に溜息をついた。合鍵なんて持ってちゃ駄目だと思うんだけどなぁ。

「ま、やろっか」
「おん」

ラケットを手に、2人でコートに入った。簡単なラリーが何度か続き、時折私が空振りをしては仁王が一人で爆笑する。
うるさいな、ホントに初心者なんだって。それにしても今のはないじゃろ。なんていうやり取りが何度かあった後、本格的に辺りが暗くなり始めた事をきっかけにテニスはやめになった。
夕焼けから夜に移りかけの、曖昧な色が空に広がる。ただでさえ煩い心臓は、2人きりという空間のせいで余計に騒いでいた。
仁王が指を伸ばし、私の額に触れる。汗で張り付いてしまっている前髪をかきあげられ、彼の顔がすっと近付いた。
艶やかな唇、私を見つめる瞳、息が掛かりそうな程の距離。私はそっと両目を閉じた。しかしそれを見るなり、仁王はすっと顔を離してしまう。

「・・・?」
「・・・・・・そんな顔されたら、するもんもできんじゃろ」

そう言ってそっぽを向いた仁王の横顔は、赤く染まっているような気がした。

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